山暮らし おしまい
昨日、午前10時始発の林道バスに乗り、夕方6時に自宅に帰ってきた。
「インクノット」っていう山小屋バイト専門のWEBページで色々検索して、自分を雇ってくれそうな(年齢的に)小屋を探した後、いつ買ったか忘れたような本を家で見つけて、その山荘のことが書いてあったので応募したって感じ。
夜行バスで到着して早々に、小屋の生命線である水場の掃除を任された写真。
飲料水の乏しい稜線の小屋の苦労を聞いていたので、助かった気分。同時に、水の大切さとかありがたさが身に沁みる。
山荘は林道の終点にあるので、ヘリや歩荷に頼らなくてもいいとは聞いていたけど、それでも食材が毎日潤沢にあるわけではない。この冷凍ハンバーグも毎日続いて苦しんだ。奥の白飯だって、食うものがないから腹に詰め込むしかないので。結局体重は3キロ減。
荷上げのヘリポートは、晴れの隙間を狙ってバンバン飛ぶ。トイレも小屋の資材も燃料も野菜も飛ぶ!
多い時は40往復。
街に降りた時に100均で買ったルアーと100均で買った竿を使って、山荘の目の前の渓流で生まれて初めて岩魚を釣った。20センチほどのが3匹。塩焼きにして賄いに。全く釣りの知識がないし、道具も100均。
富士山に次ぐ我が国第二の高峰「北岳」も普段着で登れたが、環境が許せば登山も釣りも特別な道具っていらないんだ、それが日常なんだと思い知ったよ。
生まれて初めての遭難救助。遺体搬送する救助隊の凄さが身に染みた。自分は歩けなくなった人を背負っただけなので幸せ。けどもう、2度とやりたくないな。
できることは一生懸命やらなくちゃという気持ちが裏目に。キッチンや賄いまで担当になってしまい、重宝されたのが仇になり、どんどん休暇が減っていった。ずるいかもしれないけど、次にどこかでバイトするときは、できないことにしよう。これ大事。
社員さんやバイト仲間に見送られて帰阪。寂しいよりも、やっと帰れる安堵感。
毎晩、寝床で読んだ本。自分の「熱源」ってなんだろうと考えるきっかけに。
トマト農園を廃業し、奥さんと二人でバイトと旅を繰り返しながら暮らしている熊本のMさん(53歳)
ひきこもりの二人の子供をもつ千葉県の主婦Kさん(50歳)
本当の自分は誰なのか悩む、フィリピンと日本のハーフの青年(28歳)
ノーてんきな女子大生(19歳)
バス会社の経理課からいきなり支配人に抜擢された社員さんほか、社員さん3名
このメンバーでの船出はともかく難航を極め、何度も、やめて家に帰ろうと思った。
不便なことばっかりあって、お互い理解し合えないことが沢山あって、けど24時間一緒に暮らすしかなくて、それでもこの宇宙船は迷走しながらも飛び続けなきゃいけなくて。
定年を待たずに会社を辞めたときに、この先何歳まで新しいことに挑戦できるんだろうと漠然とした不安でオロオロしたもんやが、年齢なんか関係ないわ、悩んでる間にどんどん歳いってまうわ、明日より今この瞬間が一番若いやん、行動してる限り止まることはない成長し続けていけるかもしれんやんという根拠のない思いは
間違ってなかったかな。
いつか死ぬ時に、「あれやっといたらよかったなぁ。。。」って後悔、一個減ったよ。
次はどんな挑戦しよかな。
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