2019/06/04

カメラ

先日のグループホームの遠足の日の追記。

午前中、お袋の家の掃除をしたときに、引出の奥から小さな巾着袋を見つけた。手にもったらちょっと重くて固い。なんだろう?と思って紐をほどくと、中から小さなデジカメが出てきた。

大阪から突如”鬼太郎の街”にほど近い海辺に、おかん一人で移住して数年たったころの事。半分冗談で「ぼけ防止にパソコンでも始めたら」と勧めてみたら、さっそくXXの手習いでHPを見たり、簡単なメールを書いたり。そのうちどっから情報仕入れたのか「ブログ書きたい」と。教える側としては「ちぇ、、、面倒なことになったなぁ」という感じ。以来、帰省するたびに(移住先なので帰省って言葉はずっと違和感あった)、あーやこーや半分喧嘩腰でブログの投稿方法を教えたが。

そのときに、文字だけじゃつまらんだろうと安モンのデジカメをあげたら、これがハマッタ。どこへ行くにもデジカメをぶら下げて、海だの空だの花だの、しまいには鳥の死骸だの、自身が猛毒に刺されながら大スズメバチの写真を撮ってブログにアップしてきた。

嬉々としながらキーボードをコツコツ打つ姿を想うと、おかしくもあり、日記がアップされていると安否確認にもなるしと思ったり。

大阪に戻ったとき、ちょうど壊れたというので何台目かのデジカメを買ってやったのが、今回の掃除で出てきた。

最初の1,2年はいろいろぶら下げ歩いていたけど、いつのまにかおかんの鞄からカメラを取り出す姿を見なくなった。そうして、ブログの更新頻度も週に一度から月に一度。「最近写真撮ってないんか?」と聞けば、いろいろ忙しいからと言うし、「ブログ書かんの?」と聞けば、パソコンの画面が以前と変わってしまって、操作が面倒になったからと言う。

本当は、この時に気がついてあげるべきだったな。

巾着から取り出して少しだけ充電してみた。スイッチを入れて、再生ボタン押す。なんでやろ?なんでドキドキすんのやろ?何も映ってなかったらどうしよう。

そんなことは杞憂だった。

美しい海や空は無かったけれど、大阪にあるそれなりに綺麗な桜や紅葉の写真が沢山出来てほっとした。けど、いつごろなのか、それも無くなった。

こんなカタチでも老いるってことを教えられた気がした。自然なことだし、悲しくはないけど。

やっぱり悲しいかな。

しょうがないけどな。

Sony 

おかんが覗いたレンズはどんな景色だったんだろうか。自分も同じ景色が見れるんだろうか。

大事にしようか。

 

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2019/05/31

遠足

使わない分を繰り越して、年間40日の有給休暇。プラス自分の入院とか傷病とか「家族介護」を理由にした別枠の有給が20日。これだけ聞いた異業種の知り合いなどは絶句していたけど、実情はせいぜい7日も使うかどうか。上司や同僚の目を気にして使えないんじゃなくて、休んでる間に押し寄せる「至急」とか「重要」とか「なる早」と言うタイトルのメールが怖くて。そんな状況の中、グループホームから春の遠足に行くので都合のつく家族は同行してほしいと言う手紙がきた。まさに、有給の使いどころか。

自転車の練習がしたくて自分勝手に休んでいた頃の俺、さぞかし楽しかったんだろうなぁ。

まず、お袋の住んでいたアパートに行って溜まっているだろう郵便ポストのパトロール。部屋に入っていつも感じるのは、住んでる人のいない住居の、「空気の動いてなさ」。衣類やタオル、コタツ布団のめくれ具合は一年前のままなのに、全ての家具とか食器とか家電は、もう帰ってこないあるじをずっと待ってる。そんな空気感。

徐々にではあるけど、行くたびにゴミ袋二つくらい色々捨てることにしている。この日は、郵便はがきの廃棄。かつてお袋が仲良くしていた人たちの古い年賀状とか暑中見舞いとかのハガキが大切に乱暴に保管してあった。

ばっさり捨てる。

 

なんだか、遺品整理してる気分になってきて、ぼんやり考え込んだりして、手が止まる。

その中に、ローラー娘が書いた、おかんの誕生日とか敬老の日の手紙が、当時の年齢の字のままのがあった。君の大好きだったばーちゃんは、今記憶の喪失に怯えながら一生懸命生きてる。けど、君も育児で懸命。人間みんないつでも一生懸命、何か悲しい事に覆い尽くされないように

頑張るしかないのかな。

10時半にグループホームへ行くと、数台のワンボックスに車椅子やらを積み込むスタッフがいて、自分たちなんかが気楽に出かける雰囲気とは違う感じがひしひし。

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大阪・中之島にあるテラスを予約してくださってたので、そこでランチ。

自分に、手伝えることあるんだろうか?と思っていたけど、スタッフの皆さんは手慣れた感じで「動じず」。教科書通りの認知症の人は、目の前にあるパスタに手を突っ込もうとしていたり、天井で回る扇風機の羽をずっと目で追っていたり、だただハラハラ見ているしかない。

すると、こんな時にも職場からスマホに電話が入る。メンバーが有給で休んでるのも気がつかないほどみんな仕事に追われてる。

色々悲しい。

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お袋の恩人とも言うべき「ちずるさん」とバラ園のバラたちに囲まれる。記憶がすり減っていこうとも、綺麗な花は綺麗と言うし、天気が良いと天気が良いと嬉しそうだし。

自分が嬉しいより、家族が嬉しそうにしている方が、

実は嬉しいかな。

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自分が見るバラと、ホームの人たちが見るバラは、違った風景なんだろうか?その人たちにも赤くて綺麗で揺れていることが伝わればいいな。

すぐに忘れてしまうかもしれないけど、この一瞬だけでも、赤い色が心に染み込んでたらええのにな。

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ホームの皆さんどうもありがとう。

バラたちもありがとう。

お天気、ありがとう。

 

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2019/04/15

時々の絵を描く

”週刊長男”。

ミシンを運び込んだその後のお袋を見に行く。やはり小さなテーブルが無いとミシン掛けられんという。ま、そうだろうな。近いうちに買ってくるわと約束。

いつも隣室の「ちづるさん」と一緒に居て、たわいもない話しをしているけど、お互い一人暮らししていたときより遥かに脳が活性化されているのが分かる。

ホームの人の話しだと、お袋しかり、ちづるさんもしかり。

ちづるさんは足腰が少し悪だけで、この人のどこが認知症なんだろう?と思うほど、ユーモアがあり、優しくて、自分などが部屋にお邪魔すると、出す座布団がない、出す一杯のお茶が無いとすごく申し訳なさそうに言うので、いつも恐縮してしまう。

ちづるさんは家族から何の説明も無いまま(本人いわく)ある日突然ここに連れてこられて、ここで生活するようになったらしい。その時の心境を「事情がまったくわからず突然連れてこられてご飯を出されてそれを食べてあとはただひたすら自室のドアの木目を数えて過ごしてた。けど、悲しいとか寂しいという感情は不思議と湧かず、

”そのときどきでえーかかなしゃーない”(その時々で絵を描くしかない)

と思ったそうだ。

つまりどうにもならないけれど、その時その時おかれた状況なら、そこでそれなりに暮らしていこうと決めたこと。

ちづるさんのこの言葉、あとで何度も何度も繰り返して心のなかで呟いたら、

自分もいつかそう思えるように、がんばったり、がんばらなかったりして、生きていこうと思えた。できないまま一生終わるかもしれんけど、

絵を描いていこうか。

ちづるさん、元気で長生きしてな。

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知らないこと

匂いはもう思い出せないけれど、似たようなのを見るたびに、まさよの事を思い出す。もう6年以上前になるのか、早いな。

二週間前、その「まさよさん」ご本人の訃報があり、お葬式に行ってきた。よくある話で「朝会ったときは普段と変わらなかったのに、突然自宅で倒れてそのまま息を引き取った」そうだ。お別れのとき、棺桶に横たわる故人にお花を添えるために近づくと、一瞬だけそこにかすかに犬のまさよが居たような気がしたけど、迎えにきたんだろうか。

そしして昨日は、亡くなったまさよさんのご主人が亡くなり、お通夜に行ってきた。ただしこれは単なる偶然ではなく、まさよさんが亡くなる随分前からご主人が闘病しててすでに意識の無いとこへ、この日が来たということだろう。

悲しみに暮れる家族に掛ける言葉など知らないので、ペコリと頭をさげて焼香して斎場を後にしつつ、妙な事を思った。

そうか、お互いに悲しまずに死ねる事って可能なんだと。

まさよさんが亡くなったとき、ご主人はすでに意識が無いので亡くなったことを知らない。ご主人が亡くなったときは、悲しむべきまさよさんはすでにそこにはいない。今頃、ソラの高いところで二人と一匹はてくてく散歩でもしているといいな。

 

 

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2019/01/08

週刊長男

12月31日、自宅でプチ大掃除。負け惜しみではなく、狭いアパートに大掃除もへったくれも無いかと。ひたすら物を棄てることに終始。あと数年後には、夫婦二人で茶碗と箸とお椀だけになってしまいそう。紅白歌合戦途中で寝落ちして、日付をまたぐ感ゼロ。

元旦、正月のグループホームってどんな様子なんだろうと興味津々で訪ねてみた。自宅に戻られてる方は4割くらいであとは普段と同じ様子。けど、少し入居者が減るだけでタッフの方の負担が随分軽減されるんだろう、なんとなくノンビリした空気が流れてた。法律では(?)入居者3人にスタッフ1人が付くことになってるけど、現実はそうもいかない。パニックの津波は一度に襲来するので、感覚的には「5対1」かそれい以上になるんだろうか。

まったく、頭が下がる。

お袋を誘って近所の神社を二軒はしご。自分は仕事の事や家族の健康と盛りだくさんで時間が足りないくらい手を合わせた。お袋はどんな事を祈ったんだろう?
その後、三人自宅で正月。あと何回こうやってお袋囲んで正月するのかな。夕方ホームに送っていくと、楽しそうに書初めをする輪の中に入っていった。やれやれ。

ところで、昨日の夕方ホームに蜜柑を買って再訪すると、今度は不機嫌全開。自分の気持ちをうまくコントロールできないでいたり、気に入らない事柄へ自分なりの方法で対処できない苛立ちとかのマグマが噴火するんだろうな。生きている人間だもの、いろいろ、あるよな。

心配すんなよ、俺。


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2018/08/20

夏休みの最後らへん

山旅から戻ってしたことをいろいろと。

・熟成の進んでいた衣類の一斉消毒洗濯。テント干し、シュラフ干し、道具の手入れなど。
・一番最初に買ってからお蔵入りになっていたテントを久しぶりに出してみた。

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今、メインに使ってるテントと比べたら一長一短ある。

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・だらだらと高校野球をTVで見たあと、小池さんのリクエストで近所の王将へ行き、「昼飲み」。やはり王将は中華料理ではなくて「王将」という食べ物だと再認識。

・翌日の夕方、ホームからお袋を連れ出して居酒屋へ。あれほど好きだったはずの生中もジョッキ半分飲んだあたりで酔いが回ったらしく、残していた。本屋に寄って文庫をおみやげに4冊買って贈呈。会話は普通に成り立つが、同じ事を何べんも繰り返すのは相変わらず。ホームの中は静かで、快適な温湿度に保たれ、それだけに季節を肌で感じにくい。窓を開けて残暑の厳しさとか、秋の訪れとかそーゆーのって大事なのに、散歩やおでかけ行事もまだあまり無いみたい、、と家族側は思うけど、人出の足りないスタッフはそこまで手が回らないようだ。

介護の人材不足は本当に深刻。

夕方、小池さんが名古屋に出張移動。自分は、休暇前と同じように銭湯に行って十日間の夏休みを締める。

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2018/07/30

週刊長男、月刊長女

小池さんの実家訪問。
義母の様子は食欲旺盛、会話も普通に問題無し、ただ加齢による足腰の痛みが気の毒。
無くなった義父が生前・ご自身の退職金突っ込んで建て替えたおうちが大きくて、掃除が行き届かないので、次回は大掃除の予定。

帰宅後、お袋の様子を見にいく。
この日は”底の日”だった。顔を見るなり手招きして自室にこもり、ともかく退所するの一点張り。認知症の人と押し問答しても虚しいダケなのは理解してるが、つい言い争ってしまう。他の入居者の方とのレベル感(とりわけ運動機能。洗濯や入浴も今のところ全て自分一人でやっているので)で自分が突出して普通にふるまえるので、ここに居るイミが見いだせないと執拗に迫る。、

自宅に戻って以前のように一人暮らししても何ら問題ないと言い切るし、本当はそうさせてあげたいが、冷凍食品オンパレードの食生活に戻ることは看過できない。
会話の途中で、これ以上この日はここにいると自分を律することができなくなると思い、話しの越を折って帰ってきてしまった。

溜まってる郵便確認にお袋のマンションのパトロールに寄り、電源落とした真っ暗な部屋の中に、喉を乾かせたサボテンが一鉢ポツンと。

かわいそうなので水をやる。

帰宅すると、小池さんは出張に出たあとで、がらーんとなんだか一人感満載。小池さんの実家でもらってきたトマトを食べビイルを飲み、さっさと寝る。


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2018/06/06

次の手

※介護日記

グループホーム直轄の診療科がない=眼科 ので、以前から通っていた病院への付き添い。
いつもは叔母頼みなんだけど、梅雨入りした大阪で徒歩は大変だろうと、自分も有給とってアシストしてきた。けどまぁ、自分の親の用事なんだから率先して動かなきゃあかんよな、、、と。

診察券の受付から最後の会計まで、かなりシステマチックに流れるように工夫してあるのを理解できるのは我々「現役世代」だけだと思う。高齢者にとって、タッチパネル操作のハードルの高さは相当なもの。

ま、それはいいや。

帰宅後、おかんの自宅で会議。

やはりグループホーム、辞めたいらしい。
じゃぁ、元の一人暮らしがどうやったら継続できるか叔母と本人(ほとんどオブザーバー状態)交えて話し合って、今月末で退所しましょかねと言う結論。これについてはこの先、なんども有給使って手続きしないと。

あ〜あ、あんなに苦労して手続きして奔走して、、、仕方ないか。

別件。いや、別件ちゃうかも。
仕事やお袋のこと、ローラー娘の結婚と出産と引越しと、ビッグウェーブが原因で軽くうつ発症なんだろうとぐぐったら、
もしかしたら男の更年期障害?かもって疑惑が湧いてきた。
何れにしても、逃げられない、一個一個片付けていかないと前に進まないから

腹くくろうかな。自信ないけどなぁ。

こんなこと書いてても、また、梅雨明けたら山に登ろうとかクライミングしようとか思えるようにしよう。
自分は健康でいよう。


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一通り終わって一人で家のみ。家事は嫌いでないからまだ大丈夫。

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2018/06/04

ホーム・スィートホーム

グループホームに入居して三週間経過。自宅の近所で通勤途中にあるという立地。時間があれば寄るようにしてる。入居前はあれほど自分で望んでいたのに、面会にいくたびに、なぜ自分はここにいるんだろう?早すぎた、御飯がおいしくない、まわりとの(症状の)レベル間が違い過ぎる、、、などなど

困ってしまう相談ばかり受けるので、ホームの方と何度も膝を交えて相談したり。

けれど、時間ってのは残酷でもあり優しくもあるもんで、会話する相手の数も増え、本人なりの過ごし方も少しづつ体にまとい始めているようで、週末、散歩と買い物に外へ連れ出しても、元の自宅に帰ろうとせず、ホームの玄関に向かって歩く姿を見ていると、安心したり少し悲しくなったり。

自分の気持ちが揺れているのは、おふくろも同じように感じとっているかもしれないので、正しいかどうかわからんけど、くよくよするのはなるべくよそうと思う。

ローラー娘、緊急帰阪。
といっても、新居となるアパート探しのため。実際には夫君が時間を工面して不動産屋を回って見つけた物件の契約につきそう、、、だけの話。お互い、短期間ではあるものの、それぞれ家電や家財道具が別個にあるのに、それらをどう処分するか、どう運び入れるかまでは頭回ってない様子。

やれやれ、タスク表でも作ってやるかと思ったが、小池さんに「そーゆーことは本人たちにやらせて、びっくりしたり後悔したりしないとダメだ」とくぎを刺された。

なるほど、確かにな。

婚姻届け出した、安産祈願に行った、新居決まった、、、だけでは全然スタートラインにすら立ってないのを早く自覚してほしいんだけど、まだまだやることてんこ盛り。それにお腹でぶでぶになるにつれて、ますますいろんな事が戦力外になるんだし。
で、月末に引っ越し総力戦のために、またもや東京行き決定。
大騒ぎして大阪から荷物運んでホームセンター何度も通ってくたくたになって引っ越してからまだたった二年しか住んでないのに、またあの大騒ぎ再燃かよ。

未来に向かっていく住処、
人生を終えようとする終の棲家、

自分はいま、どこに住んでいるんだろう?ふとそんなことを思った。

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2018/04/13

酢豚、京都、薬

気持ちが少し落ち着いてきたのか、ウィークディに酢豚作ってみようかなって気になったので。
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豚ロースじゃないとダメだって決まりないよなー、夜のAEONにそんな都合のいい肉売ってないしなー、仕方がないので薄切りのブタロースを買ってクルクル巻いて油で揚げてみる。
揚げ物を作ってそれを炒めるなんて最初は随分メンドクサイなと思った。けれど、自分の中で、工程の複雑さの1,2を争うのはクリームコロッケ。ホワイトクリーム作る段階ですでに気持ちが「やめときゃよかった」に傾いていくので。

昨日は有給使って通院の付き添い。同じような家族を沢山目にした。どこも高齢者をかかえていろいろ大変なんだろうな。ソロで診療に来ている高齢の方など、(なんども通院している筈なのに)受付から診察までの工程を理解できないでウロウロしたりソバを歩くスタッフに聞いて目を白黒させたり。
順番が来て名前を呼ばれても、聴力の衰えですぐさま反応できなかったり、視力も同じく、診察番号が表示されても気付なかったり。

ひとに寄りそうのはこの先どんな未来が来ても、機械じゃなくてひとなんだろうな。いろいろ事情があるにせよ、ロボットがそれになるのは、、、嫌だな。
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午後から京都へ墓参りに連れて行く。代々、”紙のようにぺらっぺらの薄い”信仰心を自慢するオカンであるにもかかわらず、やはり手を合わせると気持ちがスッとした、、、なんて言うのにアキレル。

それにしても、着物を着て歩く外国人のなんと多いことよ。
「着物のレンタルと着付け」というアトラクション考えたら大流行りしたようで、東山一帯は着物ガールで溢れかえってた。凄いなぁ。

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帰宅後は投薬の準備。と、その前に近所に新規オープンしたグループホームへ行って正式手続き完了。
自分が(かんぺきに)壊れてしまうまえに入所して、職員の人たちと良好な関係を構築しておきたいと本人がそーゆーもんだから。あわなければ辞めたらいいや。気楽にいこうと自分も腹をくくる。

京都へ行って墓の前で手を合わせて自分が祈ったことは、
おかんの次の冒険がどうか穏やかであるようにと。

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出来上がった酢豚はちょっと酢がきつくてケホケホむせながら食べた。けど、悲しい味じゃないことが救い。

悲しいことは、少ないほうがいいよな。

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