2019/08/20

山へ戻る

8月16日。

やっぱり北アルプスの山容をもう一度見たくて奥飛騨に戻ることにした。運転しながらメーターに目をやると、今回の旅ですでに1,000キロを軽く超えてた。軽油の燃費がありがたい。松本ICをおりて、ゲップが出るほど走ったR158をどんどこ進み、日帰り観光客がはけた後の寂しいあかんだな駐車場に着いたのは、すでに最終の上高地行きバスの時刻間際。

小雨の降る中、上高地でテントを建て、その間小池さんは野営の受付へ走る。すごい速さで夕暮れか覆いかぶさってくるけど、まだ寒くはない。

そしてこの日の目的はキャンプ場の食堂での暴飲暴食。

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イカ串を焼いてもらい、この地方の名物「山賊焼(かしわ)」を。普段飲まない生中を瞬殺。ワイン、ハイボール、大雪渓(日本酒)も言っとく。

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山賊焼のカレーライス。なんと、小池さんはカレー二杯目。野菜サラダと枝豆を追加で。さらに生中をバカスカ飲む。

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岳沢に敬意を表してクエッ、クエッ、。

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高級ホテルに泊まっておられる皆さんに、酔っ払いの念を贈ります。

山の根元にいるだけで幸せいっぱい。

8月17日。

五時半起床。流石に縦走中の稜線のテン場とは違って、ノンビリムード漂うキャンプ場なんで、日が昇る前に起床する人なんて居ない。

売店で買っておいたどん兵衛で朝飯。

※どん兵衛が特別好きなわけではない。周りは山の上でもなま肉を担ぎ上げての焼肉だのすき焼きだの、ボトルワインで乾杯だのしてるのを時々見るけど、山に登る行為が楽しめればいいという考えでいつも歩いているので、なるべく質素でいいやと。ここ数年はランタンどころかアルミ食器すら持たない。フリーズドライの米を作りその中にフリーズドライのカレーを入れてお湯をぶち込み混ぜて食べて、食べ終わった空き容器でインスタント味噌汁作って飲むとかそーゆー感じ。

※行動食は相変わらず迷走中。

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一度、上高地側から登ってみたいと思っていた「焼岳」へ。二週間前にも登ろうと近くまで来たけど、爆発の予兆を知らせる動きがあったので、見送ったので。

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ガスガスで何も見えない頂上。晴れていれば、槍穂が丸見えなんだけど仕方ない。それより、自分も小池さんも足の疲れがピーク。何度もしりもちついた。

荷物をテン場において、ほぼ空身で往復したのに7時間近く歩きっぱなしはこたえた。テン場に戻った時はシンドすぎてビイルを飲む力が残存しておらず、まさかのコカコーラをがぶ飲み。

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一息ついたとこで、パンを買ってきて焼いたり。相変わらずガスの上昇が遅くてついに岳沢から穂高にいたる美しい稜線が姿を見せることはなかったけど、梓川の流れる音や川の中でじゃれ合う高校生たちをみてると、疲労困憊で全身が痺れつつもああ、夏休みはいいなと思えた。

 

8月18日。

ほぼ定宿となっている奥飛騨の安宿に空きが出たので、前日上高地から移動。去年は槍から笠ヶ岳まで縦走して下山後宿の玄関開けるなり、風呂を勧められた(体が臭いから)けど、今年は大丈夫だった。

 

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台風の影響で、8日間どっぷり山ってわけにはいかなかったけど、歩いた道の風景は恐らく忘れないと思う。

それにしても、自分も小池さんも以前に比べて「背負えなく」なってきているし「歩けなく」なってきているのを実感。風呂に入れないとか何日も着替えないとかの対処は不変なんだけど、体は確実に劣化しているのを感じた。常々「山は逃げない」と言われてるけど、山に行ける体力はドンドン逃げていってる。

まだまだ見てない景色いっぱいあるから、健康でいなくちゃな。

いい旅だったしな。

 

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会津へ

8月14日の続き。

下山後、栂池からバスに乗って八方まで移動し、車を回収。そして立ち寄り湯を見つけて五日ぶりに体を洗った。頭三回、体二回でも全然泡が立たないほどのよごれよう。熊や猪はよく風呂に入らなくて生きていけるもんだと思った。

翌日以降、台風10号が上陸する気配を見せていたので、天気図を見て旅の続きをどこにするか会議。深い意味はない、目指す目的もない、「行ったことがない」という理由だけで新潟まで走ってみることにした。

途中、フェーン現象ど真ん中を通過し、この時の気温が41度とラジオが言ってたけど、サービスエリアで車から出た瞬間の衝撃というか、上から熱くて重いものがドサ!と落ちてきたような錯覚はまさに41度そのもの。

ネットでビジホを取り、ランドリーで大洗濯大会開始。地場のスーパーで食材を仕入れて部屋で宴会。撃沈。

 

8月15日。

目が覚めて、ぼんやりした頭で考えたのは、福島行ってみるか、、、程度。移動開始。

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どうせならってことで、喜多方でラーメン食ってみた。有名店はどこもすごい行列。こんな炎天下に2時間も並んだら死んでまう。ラーメン一杯に命かけることもないと思って、全然並んでない普通の佇まいの店へ。山に登っていたからだろうか、全身の塩分が抜け落ちていたためだろうか、外食特有の塩辛さが感じなくてよかった(?)かな。

せっかくなんで、会津駒ケ岳か安達太良山に登る?と地図を広げてみたけど、まだ上陸もしてないのに台風の左側の風の影響で、標高2,000メートル以上は全部ガスで真っ白。ピークハンターじゃないし、せめて遊びだけは「楽しくないことはしない」と決めたのでまぁまた、縁があれば登れるよなと

 

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磐梯山の裏手にある五色沼ってとこへ。山の上で超絶な景色を毎日見ていたせいか、いまひとつピンと来ない。蒸し暑さばかりがまとわりつく。あくびばかり出るのはドンドン疲れが表面に出てきてるんだろう。もう一度山に戻りたかったけど、とても運転する元気が出ないので、素泊まりの宿を探してこの日はおしまい。

部屋で小宴会のち撃沈。

 

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2019/08/19

栂池へ

8月14日、とうとう食うものが無くなった。正確にはロールパン2個。

濃霧の中、下山開始。ところが、全て下りかと思いきやそんなうまい道はなくて、

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途中にあった大きな雪渓を渡ったり、大岩がゴロゴロする谷を降りて行ったり、結構手強い。そして恐れていたことが、、、

「腹が減った」。

自分も小池さんも頭の中はレストランのカレーライスを腹いっぱい食うことで満たされており、あとは水と根性でひたすら耐えた。

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栂池高原に降り立った時に初めて振り返り、歩いてきた山並みが、また遊びに来いなと声かけてくれた。

夏休み前半の山はここまで。このあと、車中泊しながら会津へ移動。

 

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白馬岳へ

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8月13日、午前四時起床。ところが、周りのテントはこの時間で半分近くがすでに出発していた。雪渓の雪解け水で相変わらずのどん兵衛を作って流し込み、白馬三山に向けて出発。朝から快晴。雲海の底に沈む町は、栂池だろうか。

白馬は名前の通り、雪でも積もってるかのように真っ白に見えた。白っぽい砂礫で覆われた山肌が、遠くからだと雪に見えるからそうなのかな?

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この日一番印象に残った、白馬鑓ケ岳の登り。大阪の酷暑が嘘のような涼しさの中、劔や穂高に応援されながら無音の空気に全身どっぷり浸けて歩く。しかし、自分も小池さんも毎日汗まみれで風呂にも入らず着替えもせずなので、匂い出してることは確か。髪の毛なんか棒のよう。

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いくつかのピークをこえ、稜線を歩いた先に1200人収容とかいう立派な白馬山荘についた。若干計画が狂ってしまい、行動食が足りなかったので、ここで林檎ジュースとアップパイをよばれる。泊まり客が出発した後の午前、小屋番さんたちものんびりしている時間。立派な食堂の窓からは、歩いてきた道のりや、歩いたことのない遠くの道がよく見えて、めまいがしそうなほど幸せだなぁと思った矢先、

荒井由実の歌声が大きなボリウムで鳴り始めた。ここの食堂のセンスなのか?たまたまなのか?一気に自分を取り巻く空気が「安モン」に変わってしまって、ソッコー出発。

この先の楽しみといえば、

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ついに「坂の上の雲」のエンディングシーンに出会えたこと。小蓮華山自体は特に印象なかったけど、稜線によって左右真っ二つに分けられたガスの流れのなんと感動的なことか。

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この日の宿になる、白馬大池のテン場が見えた。さぞかし美しいテン場に違いないと想像してたけど、上空から見ると確かに楽園っぽいんだが、現場は、当たり前だが「池と地面」。もうほとんど食料が残っていなくて、アルファ米一個と魚肉ソーセージ一本と日清焼きそば半分を小池さんとシェア。空腹はビイルで補う。

テン場は静かとはいかず、特にトレランの集団のおねーさんがたが異常なハイテンションでうっとおしかった。コースタイムの6割で登ってこれたとか、どこどこの草原はハイカーが渋滞してて嫌になるだとか、自分たちの物差しを声高くブンブン振り回すことが楽しいんだ。いろいろな人がいるなぁ。

別件だけど、ザックにクロックスをぶら下げて歩くのも、あまり好きじゃない。狭いすれ違いで他人の草履がぽんぽん当たるのは、誰だって気持ち良くないからやめてほしいな。

夜は、強い風でテントが随分揺れたけど、すぐに寝てしまった。

 

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天狗岳へ

8月12日、動き出しの遅い我が家は午前4時半起床。

どん兵衛のリフィルを流し込んで出発。それにしても小屋まで往復20分歩いて300円で雨水を買うのは、なんか理不尽(小屋が遠いという意味で)。

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唐松岳の頂上からこの日歩くルートを眺める。傍らに、ガタイのいい東大の学生グループがいた。どうやら同じルートを行くようだ。小池さんとヘルメットを被り、忘れ物が無いか点検し出発。

 

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不帰の剣(帰らずのけん)と呼ばれる難所?を下降する。難所といっても毎年何人もの人が命を落とす、、、場所ではなく、オモクソ頑丈な鎖や足場が設置してあるので、落ちる人もいないんじゃ無いかな。景色は終始、剣岳や穂高連峰が見えていたので圧巻。

ここと同じく「キレット」と呼ばれている場所が「大キレット」「八峰キレット」とあるけど、大キレットはひたすら行程が長いだけで途中で飽きてしまった。八峰キレットは狭くて暗くて陰気な場所だった。

それにしても、台風の影響・フェーン現象が出始めていたのでモーレツに暑い。森林限界超えてるので日差しも遮るものがない。二人分で5リットルほど担いでいたけど足りるんだろうか?という心配も。

6時間近く歩いて、この日午後、天狗山荘のテン場到着。台風で小屋が倒壊してるから、今はテン場だけ。それだけに静かだし、雪渓が溶け出した水は冷たくて豊富だし。

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早速、いつもお馴染みのピーマンコンビイフ詰めを焼く。

 

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2019/08/18

2019年の夏休み

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8月10日、大阪・淀川花火にローラー娘夫婦+孫?が来訪。けど実は気もそぞろ。花火終了後、もーダッシュで準備して午後10時過ぎに出発。流石に睡魔に勝てず、中央道・恵那SAで車中泊。

8月11日、多分午前四時起床。ヨタヨタ車を走らせ、白馬八方についてゴンドラ乗り継いで唐松岳のテン場に昼過ぎ着。一昨年来た時の嫌な思い出「小屋からオモクソ遠い」「水場なし」「便所遠い」がそのまんま。しかもテン場料金1200円!なんなん?この値上がり度。小屋の事情もわからんでも無いけど、人だらけで心斎橋と変わらん状況にボーっとしてしまった。

ちなみに小屋も同じく混雑、畳4畳に8人が寝るという。現役をリタイアした感じの先輩たち、せめてこんな日は自宅でぶらぶらしててほしい。

自分ら現役世代に時間を譲ってほしいです。それとも、年金だけで足りないのでバイトしなあかんから、この日狙いで登る!ってことなのかな。ともあれ、凄い人で参った。

 

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2019/07/15

六甲山

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以前は暮らしの1ピースだったのに、なんやかんやで足が遠のいていたけど、ようやく小池さんと有馬まで歩けた。

でも、自転車のように継続的にやらないとうまくいかない趣味じゃないので、息が切れても足がガクガクしても、一歩を出せばまた次の一歩が出て、汗を拭きながら森の隙間から神戸の港が見下ろせて、

石ころ一つにつまずくのもなんだか久しぶりで

楽しかったな。

 

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2019/05/07

GWの様子を

  入山時の所帯道具一式。二人合わせて30キロくらい。食べ物と金属類が重いんだろう。

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途中で着るもんなくなったので、富山で洗う羽目に

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なんで地方都市ってコインランドリー多いのか?

北陸の冬は荒天と曇天多いとかかな?

 

去りがたし。

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いつまでも立ち尽くしたし。

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サヨナラ、槍穂。

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見ているだけで。

幸せ。

見ているだけで。

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道具のアレコレ

今回の山遊びでいろいろな気づきあったんで、メモ書き。

 

「雪上にテント張るんだから、テントサイトでサンダルは無いよなー」。そう考えて出発直前、ホームセンターに寄って長靴(税別800円)を買っていった。結果は大正解。雪解けのぬかるみや水たまりなんかも、”幼児のように積極的に”ジャブジャブ歩いて行けた。とりわけ、真夜中に便所行くにしても、どんなトラップがあろうとも平気。

 

同じく、出発直前にダイソーで、自転車の前カゴにつける”ひったくり防止網”を購入(税別100円)。ザックに取り付けると、脱いだ上着や手で持って邪魔な物なんかを素早く挟んで運搬可能。

 

今回は上高地をベースにして、山に登るときは最小限の装備で往復することを考えたので、自分も小池さんも35リットル程度のザックにしてみた。この中に自分は家関係(テント一式+スノーフライ)と個人装備(冬用シュラフ、アイゼン、ピッケル、スコップ)、小池さんは食糧(お湯だけで食えるフリーズドライのみ)と同じく個人装備。結論として「パッキングすることは可能だが、背負うのに向いてない」。

35リットルのザックは35リットルに入る重さに対応した背負い心地しか提供してくれない。肩や腰にのしかかる辛さが凄かった。重いものはやはりそれなりの容量のザックに入れた方が断然楽だ。

 

相変わらずランタン不要論者である。陽が沈む前に寝るのだから。

 

積極的に山小屋のメシを食った。それだけ自分で背負わなくてよいってこと。金はかかるが、荷物が少ないと体への負担が減り、安全に登れる。

お金大事。

 

アイゼンを研いで行った。凍結した45度を超える斜度の下りの安心感凄かった。手入れは大事。

 

雪崩の可能性が少ない(ゼロではないけど)ルートなんで、ビーコン持って行かなかった。こーゆーの一個一個の積み重ねが軽量化に繋がるけど、埋まった場合に遺体探しに手間取るんだろうな。

 

夜中に降雪があると、どんどんテントが埋まり、どんどんテント幅が狭くなる。寝返り打たずに寝れるのかと思ったが、グーグーいびきかいてたらしい(小池さんも同じく)。

 

”撤収時、凍りついたペグが抜けないと困るので、割り箸や竹を埋めてペグの代わりにする”は不要だ。そんなに深く埋めなくてもテントがゆがむくらいの暴風雪にはペグ抜けないし、翌朝凍りついていてもピッケルのブレードがガンガン掘れば全部回収可能。

 

あとやっぱり「テムレス」最高。

 

 

 

 

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長すぎたかもしれない

平成31年4月31日

予報通り朝から土砂降り。その中を下道を使って再び奥飛騨・雨の上高地へ舞い戻った。自分たちが尻尾蒔いて撤収したときにあたテントのいくつかは、そのまま健在。みんな根性あるよな。自分、ちょっとだらしないな。そのだらしなさをなお開き直って、

有料のケビンを借りてしまうという。

キャンプ場に併設されている木造平屋建てのケビンは、布団はもちろん電気ガス・調理道具一式、炊飯器まである。蛇口をひねるとお湯が出る。液晶テレビで平成の特番まで見られてしまう。なんか「自然の中の異空間」だとぼんやり思う。その軽い背徳感の裏側にあるのは、まぎれもない「安心感」。

 

令和1年5月1日

とうとう朝から晴れた。

残り日数を考えると、槍ヶ岳に登っておりたあと、取って返して涸沢に行って北穂高や奥穂高に登るのは無理過ぎる。とりわけ「体力的」に無理過ぎる。

こうなると行先はひとつ。”槍・穂高の展望台”と言われる蝶ケ岳へ登るしかない。なんだかんだと言いながら、結局我が家にとって3年連続GWは蝶ケ岳になってしまったが、暴風雪でテント倒壊・あわや遭難!の一昨年を含めても、どれも思いで深い。しかし、冬のテント泊装備、アイゼン、ピッケル、くっそ重い冬用シュラフなどでまったく足が前に出ない。

山頂付近のテント場に付くと、有料物件(強風をしのげるはい松地帯)がほとんど無い。腹ペコ、薄い空気、疲労のピークの三重苦の中 背負ってきたスコップで雪面を掘り進め、テントを建てると、小池さんと二人その中に倒れ込んだ。

 

平成1年5月2日

予報通り一晩中・風速17メートル前後の風に吹かれながらウトウト眠った朝。外に出ると降雪のためテントが少し埋まっていた。

快晴、しかし相変わらず強風の中、稜線を歩き、冬毛から夏毛に変わり始めた雷鳥に出会ったりした。目の前には穂高の圧倒的に優しくて強い威圧感。

昼過ぎに上高地に戻りテントを建て、酒を飲んだ。

 

平成1年5月3日

ぼんやり。ただひたすらにぼんやり。口をアホみたいに半開きにして、ぼんやり山を見て過ごす。

やりたくないことはこの場には何一つ存在しない。美しい山岳が目の前にあって、新緑の森がわさわさ揺れていて、梓川の流れが人里に向かって流れていくのをぼんやりみつめるだけ。

 

つづく

 

 

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