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2019/06/25

アラカルト

日記を書く余裕がまったく無い。昨日、何食ったっけ?そんな速度で毎日過ぎてます。

・映画を見た

 正確には見ている最中。時間が無いのでとぎれとぎれに。小池さんが「万引き家族」のDVDを借りてきてくれたので、それを。

 出演している役者全員が物凄くリアル。自分が小学生の頃、こんな家族(物理的に)ごろごろおったなぁと画面見ながらうなずいた。

 六畳一間の1Kとかザラで、そんな友達の家に遊びにいくと、おっちゃんがタバコ吸いながら新聞見てて、おばちゃんが台所でなんか内職っぽいことやってて、おばーちゃんが金魚に餌やってて、畳の僅かに空いてる部分で友達と野球盤で遊ぶというカオス。

(※友達のお父さんはおっちゃん、お母さんはおばちゃんと呼ぶのはたぶん関西弁?XX君のお父さんとは決して言わない。XX君とこのおっちゃん、あしたいてるん?こんなカンジ)

・35年の永年勤続とかで商品券もらった。

 もうそんなになるのか。いろいろあったな。今もいろいろあるけど。エアコンでも買い替えよう。

・賞与もらった

 勤続年数×夏・冬=70回目のボーナスか。面談時に評価が上がったことを言われた。けど、苦しみ抜いて出張先のホテルで何度も仕事の嫌な夢を見たことや、真夜中に自分の動悸で目が覚めたり、思い出したくもない記憶の積み重ねだと思うと、たまらない気持ちになる。

人間の幸せは、お金じゃない。悲しいことはしないほうがよい。

・送別会

 部署の先輩の退職パーティーに行ってきた。定年+嘱託で勤続45。人生の半分以上を会社に捧げたその勇気の泉はどうやって湧き出たんだろうか。

・高知へ行ってきた

 かつおの藁焼きを岩塩でいただく、ただそれだけのために。ついでに市内近郊の低山ハイクも。頂上広場から土佐湾を見下ろしながら、脱藩浪士はどうやって京都へ行ったか考えてみた。脱藩なのだから、指名手配と同じでそうそう自由に往来できたとは思えない。道中、ローソンやセブンも無かっただろうし食事は?

・高知の帰りに香川でうどん食った

 学生時代を過ごした香川に、今のようなうどんは無かった記憶が。ある日を境にうどんが偉くなってしまったのか。店のはしごなどとんでもない。かけうどん(小)を食べて帰路につく。

・銭湯

 あいかわらず通ってます。風呂代毎月5,000円あまり。

・介護パトロール

 異常無し。会話の中で ん? となる瞬間は何度も訪れるけど、否定してはいけない。同調が大事。

・育児パトロール

 異常無し。ミルクだけで飽きもせず育つもんだ。生き物の不思議。

・父の日

 ハイキング用のレインハットをくれた。気持ちはありがたく頂戴しておく。けど、雨が降ったらカッパのフード被るから、ハットはどうしたらええの?

 

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2019/06/12

クライミング、環状線、奥飛騨

メンタルはまだ大丈夫。けど、ネット環境のおかげで仕事の割り込み方が酷過ぎる。

ネットで会議している最中に、別のネット打ち合わせに強引に引きづり込もうとするヤツがいるかと思えば、それを無視していたら機関銃を乱射するかのごとく、画面上にショートメッセージで質問やら仕事の催促やらが。それを無視していたら今度は違う人からスマホに着信。左耳で会議して、右耳でスマホに応答して、左目はショートメセージに奪われ、右目はそんなことお構いなしに舞い込むメールを追う、、、、。

連絡手段は黒電話一本という時代の環境は、少なくともその人の状況おかまいなしに割り込んでくるなんてことなかったのに。この何か月か、弁当食いながらもずーっと会議してるかキーボード叩いているかなので、何を食ったかあんまり覚えてない。

アクセルとブレーキを踏み間違えるどころか、自分の足元には今、アクセルペダルしかぶら下がってない感じ。

えっと、遥か昔のような記憶になってしまったけど、6月最初の休日に登りに行ってきた。 

Yuki1

姫路の山奥で「雪彦山」ってとこ。

以前から登ってみたいなと思っていたけど、「山蛭の巣窟」のように言われてる場所だし、ストックしてある岩の概念図見ても全然わからない。

たまたま以前お世話になったクライミングマイスターが登りに行くと知り、勢いで行ってきた。通販で山蛭の退避薬(めちゃめちゃ濃度の濃い食塩水)を買って足元がビショビショになるほど塗ってみた。

Yuki2

幸い彼らの姿を見ることもなく、吸血されることもなく戻ってこれたけど、足元が気になって全然集中できなかったのが残念。それと、クライミングそのものよりも、一般の下山路が怖すぎ。クライミング イコール 「堕ちたら死ぬ」というイメージあるけど、少なくともロープ付けてる間は死ぬ確率低い。丸腰で一般登山道をテクテク歩いているほうがよほど確率高い気がする。

楽しかったような、中途半端だったような、そんな山になってしまった。

Yuki3

 つづいて、金曜の出来事。

たった二時間の打ち合わせのために、東京を目指すかと最寄駅に立ってみれば

Kan1

凄いひとだかり(正しくは、撮影機材を持った人だかり)。

さぞやすごい臨時列車でもくるのか?と思ったら

Kan2

ふつーの大阪環状線が来た。

あとで知ったが自分にとってふつーの環状線だったわけで、彼らには「最後の大阪環状線車両」だったわけだ。

特に思い出ないけど、夏のくっそ暑いときにこれの「扇風機車両」に乗ったときのゼツボー感はすごかった。途中の駅でいったんおりて、クーラー車両に移動したりしたり。社内アナウンスでも「混雑で暑いとおもたら、窓開けてもええよ」みたいなのがあったし。

そーゆー電車、ちょっとくらい残しておいてもええと思うんだけどな。

それから、週末のこと。

3月初旬から始まった毎年恒例の小池さんの業爆終了を祝って(?)、いつもの奥飛騨でだらけてきた。

毎朝5時に起きてアジャイルだの組込みだの講義して日付が変わるころに帰宅して淡麗350mlをかかさず4本飲んで寝る生活も、歳とともにしんどくなってきた様子。いつもの宿ではお互い死んだように寝てばかりいた。

もうちょっとどうにかしないとな。

自分たちの働き方改革の道はけわしいけど、元気だしていこう。

 

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2019/06/04

カメラ

先日のグループホームの遠足の日の追記。

午前中、お袋の家の掃除をしたときに、引出の奥から小さな巾着袋を見つけた。手にもったらちょっと重くて固い。なんだろう?と思って紐をほどくと、中から小さなデジカメが出てきた。

大阪から突如”鬼太郎の街”にほど近い海辺に、おかん一人で移住して数年たったころの事。半分冗談で「ぼけ防止にパソコンでも始めたら」と勧めてみたら、さっそくXXの手習いでHPを見たり、簡単なメールを書いたり。そのうちどっから情報仕入れたのか「ブログ書きたい」と。教える側としては「ちぇ、、、面倒なことになったなぁ」という感じ。以来、帰省するたびに(移住先なので帰省って言葉はずっと違和感あった)、あーやこーや半分喧嘩腰でブログの投稿方法を教えたが。

そのときに、文字だけじゃつまらんだろうと安モンのデジカメをあげたら、これがハマッタ。どこへ行くにもデジカメをぶら下げて、海だの空だの花だの、しまいには鳥の死骸だの、自身が猛毒に刺されながら大スズメバチの写真を撮ってブログにアップしてきた。

嬉々としながらキーボードをコツコツ打つ姿を想うと、おかしくもあり、日記がアップされていると安否確認にもなるしと思ったり。

大阪に戻ったとき、ちょうど壊れたというので何台目かのデジカメを買ってやったのが、今回の掃除で出てきた。

最初の1,2年はいろいろぶら下げ歩いていたけど、いつのまにかおかんの鞄からカメラを取り出す姿を見なくなった。そうして、ブログの更新頻度も週に一度から月に一度。「最近写真撮ってないんか?」と聞けば、いろいろ忙しいからと言うし、「ブログ書かんの?」と聞けば、パソコンの画面が以前と変わってしまって、操作が面倒になったからと言う。

本当は、この時に気がついてあげるべきだったな。

巾着から取り出して少しだけ充電してみた。スイッチを入れて、再生ボタン押す。なんでやろ?なんでドキドキすんのやろ?何も映ってなかったらどうしよう。

そんなことは杞憂だった。

美しい海や空は無かったけれど、大阪にあるそれなりに綺麗な桜や紅葉の写真が沢山出来てほっとした。けど、いつごろなのか、それも無くなった。

こんなカタチでも老いるってことを教えられた気がした。自然なことだし、悲しくはないけど。

やっぱり悲しいかな。

しょうがないけどな。

Sony 

おかんが覗いたレンズはどんな景色だったんだろうか。自分も同じ景色が見れるんだろうか。

大事にしようか。

 

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