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2019/05/31

遠足

使わない分を繰り越して、年間40日の有給休暇。プラス自分の入院とか傷病とか「家族介護」を理由にした別枠の有給が20日。これだけ聞いた異業種の知り合いなどは絶句していたけど、実情はせいぜい7日も使うかどうか。上司や同僚の目を気にして使えないんじゃなくて、休んでる間に押し寄せる「至急」とか「重要」とか「なる早」と言うタイトルのメールが怖くて。そんな状況の中、グループホームから春の遠足に行くので都合のつく家族は同行してほしいと言う手紙がきた。まさに、有給の使いどころか。

自転車の練習がしたくて自分勝手に休んでいた頃の俺、さぞかし楽しかったんだろうなぁ。

まず、お袋の住んでいたアパートに行って溜まっているだろう郵便ポストのパトロール。部屋に入っていつも感じるのは、住んでる人のいない住居の、「空気の動いてなさ」。衣類やタオル、コタツ布団のめくれ具合は一年前のままなのに、全ての家具とか食器とか家電は、もう帰ってこないあるじをずっと待ってる。そんな空気感。

徐々にではあるけど、行くたびにゴミ袋二つくらい色々捨てることにしている。この日は、郵便はがきの廃棄。かつてお袋が仲良くしていた人たちの古い年賀状とか暑中見舞いとかのハガキが大切に乱暴に保管してあった。

ばっさり捨てる。

 

なんだか、遺品整理してる気分になってきて、ぼんやり考え込んだりして、手が止まる。

その中に、ローラー娘が書いた、おかんの誕生日とか敬老の日の手紙が、当時の年齢の字のままのがあった。君の大好きだったばーちゃんは、今記憶の喪失に怯えながら一生懸命生きてる。けど、君も育児で懸命。人間みんないつでも一生懸命、何か悲しい事に覆い尽くされないように

頑張るしかないのかな。

10時半にグループホームへ行くと、数台のワンボックスに車椅子やらを積み込むスタッフがいて、自分たちなんかが気楽に出かける雰囲気とは違う感じがひしひし。

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大阪・中之島にあるテラスを予約してくださってたので、そこでランチ。

自分に、手伝えることあるんだろうか?と思っていたけど、スタッフの皆さんは手慣れた感じで「動じず」。教科書通りの認知症の人は、目の前にあるパスタに手を突っ込もうとしていたり、天井で回る扇風機の羽をずっと目で追っていたり、だただハラハラ見ているしかない。

すると、こんな時にも職場からスマホに電話が入る。メンバーが有給で休んでるのも気がつかないほどみんな仕事に追われてる。

色々悲しい。

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お袋の恩人とも言うべき「ちずるさん」とバラ園のバラたちに囲まれる。記憶がすり減っていこうとも、綺麗な花は綺麗と言うし、天気が良いと天気が良いと嬉しそうだし。

自分が嬉しいより、家族が嬉しそうにしている方が、

実は嬉しいかな。

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自分が見るバラと、ホームの人たちが見るバラは、違った風景なんだろうか?その人たちにも赤くて綺麗で揺れていることが伝わればいいな。

すぐに忘れてしまうかもしれないけど、この一瞬だけでも、赤い色が心に染み込んでたらええのにな。

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ホームの皆さんどうもありがとう。

バラたちもありがとう。

お天気、ありがとう。

 

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2019/05/27

ココロに残ること、のこらないこと

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土日で、淡路島へ行ってきた。目的は野菜購入。あらかじめ目星をつけた産直市場を四軒はしご。早生の玉ねぎ、巨大なレタス、葉物を沢山。

近所のAEONに淡路島産の野菜を沢山見かけるので気になっていたけど、そうとうレベル高い。ズッキーニが安かったけど、料理の仕方を知らないので買えなかった。

折角なんで四国に渡り、「讃岐富士」登ってみた。登り1時間、下り40分のお手軽なおやま。けど、けっこう沢山の人が来てた。下山後、うどんを食べる。

40年前、この地で学生だったころのうどんと全然違う。大阪に帰省するとき、宇野~高松間・連絡船に乗ると、デッキにあるうどん屋に走っていった。

コシのないやわらかいふつうのうどんだったのに、なんで今はこんなに固いのか?

それにしても食が細くなった。うどんなら絶対「小」。サービスエリアに寄ってもセットメニューなどもはや過去の胃袋でしか太刀打ちできない。

しっかり食って元気ださなきゃな。

おしまい

 

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2019/05/19

色々出会いありました。

午前7時過ぎに出勤して午後11時の電車で帰る毎日。毎年のこと、小池さんも自身の仕事が爆発してて週末は過労で熱出して癈人、布団暮し。

ここで兄貴たちにアドバイス。

「娘が嫁に行っても、全然苦労減らず」です。

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子供さんが熱を出したらローラー娘も同調。ま、「あるある」な現象。小池さんは業爆で手伝えにいけないので、残業やりくりしてアシストしに行ってきた。家事苦手で全然あきませんねんと吹聴するみんな、面倒くさいのもわかるし、苦手や言うのもわかりますけど、ネットの動画でええから絶対料理はできるようになんとかかんばりましょう。

新米夫婦たちのためにも。

二日分の飯を仕込んでから帰宅。自分ができる応援ってこんなもんでも喜んでくれたら嬉しいもんで。

自分も仕事のこと考えない日を作らないとまずいと思って、

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一人でクライミング行ってきた。なんと、去年の11月以来。

そりゃ、登れんはずやと納得するしかない。

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登れなくても、岩の上で神戸眺めてるだけで幸せになれた。手の皮ボロボロでも、地面触って遊んでる感じが大好きかな。

この岩場で常連さんのような人と恥ずかしながらセッション。自分などまだまだ全然ダメ。けど、下手もでいいしダメダメでもいいし、岩に触っててたら死ぬまでにはクリアできるよと言われて、

誰かと競ってるんじゃないからこれでいいやと思えた。

おっちゃんどうもありがとう。

この後、のんびり下山中に道迷いの女子大生二人組に遭遇し、下界までアテンドする羽目に。これに懲りずにまた山に登ってほしいな。

 

そして日曜。

手の皮ボロボロなので岩無理。じゃぁ、トレラン。

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やっとサンダルランニングの季節到来。かかとをつけずにつま先着地しかないから、ふくらはぎ痛い。

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道迷い中のアメリカ人と一緒に登る。有馬温泉いくの?と聞いたら有馬ってなんや?て聞き返されてびびった。そんなことも知らずに六甲登るん?まぁいいや。けど、このにーちゃんのペースにつられて芦屋川から有馬まで2時間半で行けた。危ないし、景色見る余裕ないのはもったいないからもうしない。

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いつものように風呂屋行って、晩飯の買い出しよって、おかんの慰問によって、クリーニング出しに行って、アパートの理事会行事に出て、明日の弁当の仕込みして、朝飯の用意して、洗濯して、やっと今。冷蔵庫にほうれん草と水菜あったの忘れててかぶって買ってしまったのが痛恨。

家事の失敗は正直楽しい。洗濯も炊事も全部自分にはねかえってくルカら。

今週も仕事頑張ろ。

明日の弁当は若竹煮。

 

 

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2019/05/13

投げ入れ堂

8:30に三徳山の山門に到着

拝観料600円+入山料400円で、投げ入れ堂直下までの参拝を許される。ポイントは、靴の点検をされること。底が凹凸になっている靴を履いていなければ、レンタル(?)もしくは、1000円で新品手作りのわらじを買わないとダメ。見ている限り、ボーダーラインはコンバースのバッシュだとNG。

Aruki

この写真は、参道途中あるお堂で、空中にせり出した板の上を歩いていくと、中国山地の新緑の中に飛び込んでいける錯覚がした。物凄く気持ちのよい風も吹く。この日は日曜で参道が渋滞(トレッキングに不慣れなシニアグループなんかが目立ったところ)、この板の上も往来が沢山。いつか平日の静かな時間にいって、いつまでもぼんやりしてみたいかな。

 

Santoku

待望の投げ入れ堂。参拝はここまで。

より厳しい過酷な状況に身をおくことで修業になると思われていた時代はちょっと羨ましい。自ら望んでそこへ行くワケだから。毎月の売り上げや品質向上の過酷な修行は受け身以外なにもない「やらされ感満載の荒行」か、、、岩肌に浮かぶ投げ入れ堂を見ながらそんなことを想ってしまった。

下山後、自宅に向けて帰路につく。

久しぶりに湖山池のほとりを走ってみた。鳥取道が随分延伸されていたのにはびっくり。そのうち米子まで繋がるのかな?自転車やトレッキングには最高の環境は相変わらず。魚も美味いし。大阪、やっぱりダメダメやん。けど、日常に戻らなくちゃな。

楽しい旅だったな。

 

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三徳山

日記のカテゴリをあえて”二足歩行”にしなかったのは、ハイキングじゃなくて参拝だったので。

土曜日、ようやく車のタイヤを冬->夏へと入れ替えるタイミング到来。と言ってももはや自力でやる体力と腰痛への懸念で、Dラーに作業依頼することに。おまけに年間1人諭吉でタイヤを保管してくれるサービスも継続。午後一に作業開始して、小一時間で終了。まさかそのまま飲みに行くワケにもいかず、ドライブに行くなんて趣味も無いしどうすっかな、この晴天。

するとスマホを見ていた小池さんこれも唐突にこのまま鳥取へ行こうと提案された。そういば、朝の情報番組でなにやら紹介してたなと思い出した。すぐさま空いてる宿を検索。けど本当に便利な世の中だよなぁ。”宿探しは電話帳” ”宿探しは時刻表” そして公衆電話に走って沢山十円玉入れてみたこともない市外局番にダイヤルしたらまったくトンチンカンな宿のばーさん出てきて予約完了する前に電話切れる、、、という体験が懐かしい。

中国自動車道を岡山過ぎたあたりでおりてあとは下道をどんどこ。目に映る景色は全方位新緑で、ときどき藤の花の紫がアクセントになってて、春が終わった寂しさよりも、夏が近いってカンジが強いな。

で、三朝温泉。

費用を抑えるためにも、そして自分たちの胃袋相応の「夕食の品数・少な目プラン」ってのがあって、それに。

明治・大正・昭和の各時代に増築された部屋がそれぞれ旅行雑誌に掲載された宿だというのは、現地に着いてから初めて知った。そういえば、天井やカモイが随分低くて何度も頭をぶつけそうになったけど。

なにかにつけてこういいうしつらえを「古き良き」なんて枕詞をつけたがるけど、少しだけゆがんだ感じで景色が見える古いガラス戸や、やたらとサンの多い障子やぽろぽろ落ちるモルタル壁は、古さとちょっとの懐かしさだけで「良さ」なんて全然思い出せない。掃除のたんびにちまちまと雑巾で拭かされる子供の身にもなってみろって、そしたら古き良きなんて言えないから。

三朝温泉島のラドン温泉、温もり方が凄かった。あわや湯あたり寸前でセーフ。なんちゅう馬力のある温泉なんだろう。びっくりした。残念ながら晩飯直前に到着してしまったので、ぼんぼり電球に照らされた風情のある温泉街の散策ができなかった。

なので朝風呂のあとにぶらぶらしたらば、そこにあったのは「当時は随分栄えて賑やかだったんだろうな」という感じの寂しい街並み。

けど、また行きたいな。

 

 

 

 

 

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2019/05/08

のうぜい

久々の、日記連投。

働いては納め、住んでは納め、乗っては納め(プラス ガソリン入れては納め)、腹いせに酒を買っては納め、どこまでも追いかけてくる影法師のようなあなたは、私の未来を本当に明るく照らしてくれるのかね?

苦しみにあえぐ声はいつも「税税」。

 

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2019/05/07

GWの様子を

  入山時の所帯道具一式。二人合わせて30キロくらい。食べ物と金属類が重いんだろう。

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途中で着るもんなくなったので、富山で洗う羽目に

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なんで地方都市ってコインランドリー多いのか?

北陸の冬は荒天と曇天多いとかかな?

 

去りがたし。

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いつまでも立ち尽くしたし。

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サヨナラ、槍穂。

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見ているだけで。

幸せ。

見ているだけで。

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道具のアレコレ

今回の山遊びでいろいろな気づきあったんで、メモ書き。

 

「雪上にテント張るんだから、テントサイトでサンダルは無いよなー」。そう考えて出発直前、ホームセンターに寄って長靴(税別800円)を買っていった。結果は大正解。雪解けのぬかるみや水たまりなんかも、”幼児のように積極的に”ジャブジャブ歩いて行けた。とりわけ、真夜中に便所行くにしても、どんなトラップがあろうとも平気。

 

同じく、出発直前にダイソーで、自転車の前カゴにつける”ひったくり防止網”を購入(税別100円)。ザックに取り付けると、脱いだ上着や手で持って邪魔な物なんかを素早く挟んで運搬可能。

 

今回は上高地をベースにして、山に登るときは最小限の装備で往復することを考えたので、自分も小池さんも35リットル程度のザックにしてみた。この中に自分は家関係(テント一式+スノーフライ)と個人装備(冬用シュラフ、アイゼン、ピッケル、スコップ)、小池さんは食糧(お湯だけで食えるフリーズドライのみ)と同じく個人装備。結論として「パッキングすることは可能だが、背負うのに向いてない」。

35リットルのザックは35リットルに入る重さに対応した背負い心地しか提供してくれない。肩や腰にのしかかる辛さが凄かった。重いものはやはりそれなりの容量のザックに入れた方が断然楽だ。

 

相変わらずランタン不要論者である。陽が沈む前に寝るのだから。

 

積極的に山小屋のメシを食った。それだけ自分で背負わなくてよいってこと。金はかかるが、荷物が少ないと体への負担が減り、安全に登れる。

お金大事。

 

アイゼンを研いで行った。凍結した45度を超える斜度の下りの安心感凄かった。手入れは大事。

 

雪崩の可能性が少ない(ゼロではないけど)ルートなんで、ビーコン持って行かなかった。こーゆーの一個一個の積み重ねが軽量化に繋がるけど、埋まった場合に遺体探しに手間取るんだろうな。

 

夜中に降雪があると、どんどんテントが埋まり、どんどんテント幅が狭くなる。寝返り打たずに寝れるのかと思ったが、グーグーいびきかいてたらしい(小池さんも同じく)。

 

”撤収時、凍りついたペグが抜けないと困るので、割り箸や竹を埋めてペグの代わりにする”は不要だ。そんなに深く埋めなくてもテントがゆがむくらいの暴風雪にはペグ抜けないし、翌朝凍りついていてもピッケルのブレードがガンガン掘れば全部回収可能。

 

あとやっぱり「テムレス」最高。

 

 

 

 

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長すぎたかもしれない

平成31年4月31日

予報通り朝から土砂降り。その中を下道を使って再び奥飛騨・雨の上高地へ舞い戻った。自分たちが尻尾蒔いて撤収したときにあたテントのいくつかは、そのまま健在。みんな根性あるよな。自分、ちょっとだらしないな。そのだらしなさをなお開き直って、

有料のケビンを借りてしまうという。

キャンプ場に併設されている木造平屋建てのケビンは、布団はもちろん電気ガス・調理道具一式、炊飯器まである。蛇口をひねるとお湯が出る。液晶テレビで平成の特番まで見られてしまう。なんか「自然の中の異空間」だとぼんやり思う。その軽い背徳感の裏側にあるのは、まぎれもない「安心感」。

 

令和1年5月1日

とうとう朝から晴れた。

残り日数を考えると、槍ヶ岳に登っておりたあと、取って返して涸沢に行って北穂高や奥穂高に登るのは無理過ぎる。とりわけ「体力的」に無理過ぎる。

こうなると行先はひとつ。”槍・穂高の展望台”と言われる蝶ケ岳へ登るしかない。なんだかんだと言いながら、結局我が家にとって3年連続GWは蝶ケ岳になってしまったが、暴風雪でテント倒壊・あわや遭難!の一昨年を含めても、どれも思いで深い。しかし、冬のテント泊装備、アイゼン、ピッケル、くっそ重い冬用シュラフなどでまったく足が前に出ない。

山頂付近のテント場に付くと、有料物件(強風をしのげるはい松地帯)がほとんど無い。腹ペコ、薄い空気、疲労のピークの三重苦の中 背負ってきたスコップで雪面を掘り進め、テントを建てると、小池さんと二人その中に倒れ込んだ。

 

平成1年5月2日

予報通り一晩中・風速17メートル前後の風に吹かれながらウトウト眠った朝。外に出ると降雪のためテントが少し埋まっていた。

快晴、しかし相変わらず強風の中、稜線を歩き、冬毛から夏毛に変わり始めた雷鳥に出会ったりした。目の前には穂高の圧倒的に優しくて強い威圧感。

昼過ぎに上高地に戻りテントを建て、酒を飲んだ。

 

平成1年5月3日

ぼんやり。ただひたすらにぼんやり。口をアホみたいに半開きにして、ぼんやり山を見て過ごす。

やりたくないことはこの場には何一つ存在しない。美しい山岳が目の前にあって、新緑の森がわさわさ揺れていて、梓川の流れが人里に向かって流れていくのをぼんやりみつめるだけ。

 

つづく

 

 

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