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2019/04/30

連休進行中

平成31年4月27日

午前九時過ぎまで寝る。昨夜の仕事のことが頭に思い浮かびそうになるのを必死で消す。昼までかかって旅の準備をし、最初に行ったのはお袋のところへ。気持ち的にはなんだか「いきてる神様」のとこへ墓参りに行ってる気分。元気そうで良かった。

この日は郡上八幡の道の駅で車中泊。

 

平成31年4月28日

高山市内のすき家で朝飯。六年前、初めて槍ヶ岳登った時の朝飯もここ。

平湯に行く途中、珍しい水平環現象を空に見た。あかんだな駐車場は6割程度の埋まり具合。往復切符を買い、バスのトランクにザックを放り込み進行方向左側に座る。けど、新しく掘ったトンネルのせいで、バス運行は随分時間も短縮されて運転する人も楽になっただろうけど、左側座席の特権「焼岳がよく見える」こともなくなったんだと思い出した。

テントを張って、穂高をあてにひたすら酒を飲む。酒を飲んでひたすら穂高を眺める。魂が蘇る。つい先日まで職場で何をしていたのか、何に苦しんでいたのか、どんどん希薄になっていく。

それでいんんだ。

そのために来たんだ。

真夜中に一人、河童橋まで歩く、誰もいない。ものすごい星。けど、息苦しくなるほどのことはない。夜中の穂高の稜線は青白い。

 

平成31年4月29日

夕方から雷雨予報。

「いても仕方ない」と思ったので一旦下山、車に戻る。上高地にどっぷり浸かるといいながら、悪天候が嫌で山を降りるって矛盾してるよな。

こんなんでええんかな?と思いながらバスに揺られて車に戻って全然用事ないのに上越目指す。

 

全然用事ない。

 

これがやりたかった。

 

平成31年4月30日

赤倉スキー場の安宿をでて、新潟へ。全然用事ないけど。

18号線走って、今夜は富山駅前。ぜんぜん用事ないけど、小池さんも自分も出張で散々来た富山。けど今日は全然用事ない。

全然用事ないのに駅前のビジホを予約。この日ばかりは全然用事ない。

 

全然用事ない、最高や。

明日は再び山に戻る。

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2019/04/26

寝てました

飛ぶように一日が過ぎてゆくので、自宅のPCを立ち上げて日記書く余裕もなく、仕事して家帰ったら家事して寝るの繰り返しで、人間みな平等に24時間あるってのは「嘘」なんじゃないかな。実は酒もあんまり飲んでない。始業開始とともに隠れていた狙撃手から一斉に撃たれるような勢いでメール/電話/ネット電話がかかってくるので、始業前の7時過ぎからオフィスに居るようにするには、前の晩に飲むと早く起きられないから。

まさか、こんなことで酒の量が減るなんて。

直近の出来事。

「食中毒で寝てました」。

火曜の早朝、お腹が痛くて目が覚める。ヨロヨロと便所に向かって座るなり本来「カタチあるもの」を出す筈が、、、、。そのうち吐き気までしてきた。かろうじてそれは押さえていたら手足がどんどん熱くなる。なんだこれはいったい?ともあれ、自分の意志では出るものを止められるスベもなく。

ようやく一区切り。あまりに体が熱いので測ってみたら40ドシーに目を疑う。

真っ先に思いついたのは「インフルエンザ・アゲイン?」ってこと。ヨロヨロと布団に戻ると今度は小池さんが飛び起きて便所に走る。そのサウンドから(狭いアパートなのでまる聞こえ)自分と同じ症状だとわかる。それからは起床時間まで交互に便所へ走ることに。緊急事態に備えて、便所は人間の数だけ必要だと分かった。

 

どうしても休めない&自分ほど熱高くないってことでそのまま出勤した小池さん、あんたやっぱりスゲェわ。

自分はというと、”こいてはいけない屁”を我慢しつつ熱で朦朧とする意識の中必死で自転車こいで近所の胃腸科へ。待合室でも、”こいてはいけない屁”を必死でこらえて順番を待つ。診察中も当然、一時も力を抜いてはダメだ。”こいてはいけない屁”に何度も脅かされつつ診察を受け、薬を貰い、家路につく。そしてトイレへ直行し、”こいてはいけない屁”を一気に解放。

あとは布団と便所の往復でこの日を終える。

水曜も同じく。

木曜昼まで同じく。午後から休めない仕事があり、”こいてはいけない屁”もようやく落ち着きを見せ始めていたので、勇気を振り絞って出勤。平成も終ろうとするのにこんなヨレヨレでいいのかと。何に当たったのかは、現在検証中。

あとは何してたっけな?

長男業務したり、ローラー娘のちびっこの面倒見にいったり、よくもまぁ次から次に用事が生えてくるもんだ。

家にいないので、宅急便なんか全然受け取れていない。宅配BOXとかほしいなぁ、、、アパートに設置してくれへんしなぁ、、、。

明日から10連休だけど、連休明け初日「今日はまぁリハビリ程度に」という文字がSNSに散見される中、朝9時から事業計画会議で前後左右・上下斜めから殴られ、仲間だと思っていた人たちに後ろから刺され、梯子を外されるるんだろうな。(サラリーマンあるある)

連休の天気、よいといいな。

お腹も壊しませんように。

みんなが楽しい連休になりますように。

                                            連休明けの事、少しでも忘れて遊べますように。

 

 

 

 

 

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2019/04/15

時々の絵を描く

”週刊長男”。

ミシンを運び込んだその後のお袋を見に行く。やはり小さなテーブルが無いとミシン掛けられんという。ま、そうだろうな。近いうちに買ってくるわと約束。

いつも隣室の「ちづるさん」と一緒に居て、たわいもない話しをしているけど、お互い一人暮らししていたときより遥かに脳が活性化されているのが分かる。

ホームの人の話しだと、お袋しかり、ちづるさんもしかり。

ちづるさんは足腰が少し悪だけで、この人のどこが認知症なんだろう?と思うほど、ユーモアがあり、優しくて、自分などが部屋にお邪魔すると、出す座布団がない、出す一杯のお茶が無いとすごく申し訳なさそうに言うので、いつも恐縮してしまう。

ちづるさんは家族から何の説明も無いまま(本人いわく)ある日突然ここに連れてこられて、ここで生活するようになったらしい。その時の心境を「事情がまったくわからず突然連れてこられてご飯を出されてそれを食べてあとはただひたすら自室のドアの木目を数えて過ごしてた。けど、悲しいとか寂しいという感情は不思議と湧かず、

”そのときどきでえーかかなしゃーない”(その時々で絵を描くしかない)

と思ったそうだ。

つまりどうにもならないけれど、その時その時おかれた状況なら、そこでそれなりに暮らしていこうと決めたこと。

ちづるさんのこの言葉、あとで何度も何度も繰り返して心のなかで呟いたら、

自分もいつかそう思えるように、がんばったり、がんばらなかったりして、生きていこうと思えた。できないまま一生終わるかもしれんけど、

絵を描いていこうか。

ちづるさん、元気で長生きしてな。

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知らないこと

匂いはもう思い出せないけれど、似たようなのを見るたびに、まさよの事を思い出す。もう6年以上前になるのか、早いな。

二週間前、その「まさよさん」ご本人の訃報があり、お葬式に行ってきた。よくある話で「朝会ったときは普段と変わらなかったのに、突然自宅で倒れてそのまま息を引き取った」そうだ。お別れのとき、棺桶に横たわる故人にお花を添えるために近づくと、一瞬だけそこにかすかに犬のまさよが居たような気がしたけど、迎えにきたんだろうか。

そしして昨日は、亡くなったまさよさんのご主人が亡くなり、お通夜に行ってきた。ただしこれは単なる偶然ではなく、まさよさんが亡くなる随分前からご主人が闘病しててすでに意識の無いとこへ、この日が来たということだろう。

悲しみに暮れる家族に掛ける言葉など知らないので、ペコリと頭をさげて焼香して斎場を後にしつつ、妙な事を思った。

そうか、お互いに悲しまずに死ねる事って可能なんだと。

まさよさんが亡くなったとき、ご主人はすでに意識が無いので亡くなったことを知らない。ご主人が亡くなったときは、悲しむべきまさよさんはすでにそこにはいない。今頃、ソラの高いところで二人と一匹はてくてく散歩でもしているといいな。

 

 

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2019/04/10

あの人は、ネコだから

年度が替わったので銭湯の回数券を買い、その足で土曜の夕方にザブン!

安モンの”風呂専用メガネ”はすぐ壊れるんじゃないかという不安をあざ笑うかのように快適。サウナの砂時計やTVもちゃんと見えるし。この、「砂時計が見えない」弊害はおそろしい。勘に頼って高温サウナに居座ると、ロクなことは無い。

 

翌、快晴の日曜は花見だった。

近所に住む「山の老師」から誘ってもらい、自宅から目と鼻の先にある公園へ。見上げる空はどこまでも薄いピンク色で、時折吹くかぜにヒラヒラしたピンク色が、から揚げや玉子焼きにひっついて、「俺が春だ」と言ってくる。調子にのって日本酒アホほど飲んだら春の真っただ中に記憶を失くした。春のいちにち、勿体ないことしたな。

ところで表題の件。

「ネコにワンと鳴けっていっても無駄だよ」と社内の知人に言われた。いくらお願いしても資料作ってくれないネコ、プログラム作りっぱなしのネコ、作業をディスパッチするだけのネコ、やりたい事だけやって逃げるネコ。

ネコだらけ。

 

 

 

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2019/04/09

ものわかりのよい人になっていく

平日の忙しさの速度は鈍ることなく続いてる。けどこのままある日突然会社を辞めた翌日の朝、寝床でどんなことを想うのかな。

そんな妄想しながら今日も生きることに。

凄い花粉と凄い黄砂の土曜に、今シーズン初のサンダルハイキングに行ってみた。寒いかな?と予想に反して足って結構鈍感なんだ、それよりもときどき足の裏に触る砂粒が気持ちいい。

六甲山の中腹あたりだろうか、スマホのボリウムを目いっぱいあげた音楽がじゃんじゃん聞こえてきた。ああ街のほうから選挙カーがこだましてるんか?と思ったけど、そうじゃない。大学生くらいの男の子数人が岩の上で音楽鳴らしてじゃれあっていたダケ。うるさいと一瞬思ったけど、イノシシやコゲラやヤマカガシやツヅジや山桜は、なーんも気にしてないはず。

人間がうっとおしいと感じるのは人間だけなんだろうな。

 

そうおもいえばなんてことない。

下山後、お袋の様子を見にホームへ。

いつもの家族の勝手な思い「どうか今日は機嫌のいい日でありますように」を胸に。

会話の歯車がときどきカクっと外れるけど、とくに変化無し。この日は自宅においてきぼりにしたミシンを持ってきたいと。

台車をお供におかんと実家へ。オートロックやポストの開錠をハラハラしながら見守る。ミシンや必要な糸とか材料を一式そろえると相当な物量。すると「この日はミシンを持ち出すだけ」ということからいつのまにか「すべての物を家から排出して空っぽにする」という思いこみに変わってしまって、

何度も何度も訂正するハメに。

 

つづく

 

 

 

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