« 穂高うろうろ | トップページ | まだ穂高 »

2016/08/13

穂高うろうろ つづき

8月9日(火)晴れのちガス

小屋にトイレを借りに行ったら、泊まってる人たちの大半が大キレット方面に行くカンジ。なんせ口々に怖いわー、落ちひんかなー、死んだらどーしょーとか言ってる。ああ、みんな同じなんだ、けどそっちに広がる景色への魅力のほうが強いんだろう、意を決して出発していく。

テントに戻って雨水沸かしてどん兵衛のリフィルを朝飯に食べる。やっぱり沸点低くてあんま美味くない。

117
6:38出発
すぐに暑くなるだろうと、化繊の肌着と化繊のTシャツ。上着はすぐに脱いだ。

118
北穂高小屋見えてんのに遠いんだろうな、、、。

329
最初はガンガンおりていく。このあと槍から縦走してくる人たちに追い抜かれるまでは、自分たちと目の前の4人組が、南岳からの最後尾。それにしても背中のザック重くて、自分も小池さんもブレーキかけるの必死。
足元は細かい石ころでザレザレ。

120
30分ほどザレザレ地面と格闘しながら振り返る。ああ、あんな怖いとこ降りてきたのか。最初にルート拓いた人は凄いなぁ。

121
両手を離してのんびりできる場所が無いので、こんな写真とか。ガスにまかれたときは心強いペイントだろうな。

334
お客さん6人をつれたガイドパーティーに追いつく。危険な場所にくると一人づつロープで確保しながら通過させているので時間かかってるとこ。ナイフリッジで待ってると飛騨側からの風が冷たくてちょっとつらい。

125
長谷川ピークでも30分ほど待ち。あとからソロで来たおねーさんは、待たされてる時間の方が怖いって言ってたけど同じく。けども「怖くて夢中で超えた」っていう声が多い中、こうして待ってる間に谷底を覗きこんでウーンとうなったり、鳥はいいよな、怖いとこ歩かなくても飛んでいけるもんなとか思ったり、いろいろなコトが見えたり思えたりする待ち時間、けっこうよかった。

127
長谷川ピークの核心部と呼ばれてるとこ。雷落ちたらしょっちゅう取り替える必要ありそう。

122
ガスの中、ブロッケンで遊ぶ。このあとも”飛騨泣き”なんていう難所を通過して、登って、降りて、登って、降りて、もうげっぷが出るほど繰り返して。最後はまたザレザレの急登をぜいぜい言いながら登ると

129
10:50北穂高小屋。
4時間20分もかかった、、、けど早い遅いはどーでもよくてむしろ4時間20分もその場所に居られたことが幸せ。
※二人で、2リットルの水もって、残量約500ccくらい。腰をおろしてのんびり飲める場所もあるにはあるけど、やっぱり緊張で飲めなかったのが本音。

800円で小屋のカレーを食べる。
バーモントカレーの一番甘いヤツにそっくりの味と色。ごろっとしたジャガイモ入ってた。本格インドカレーとナンのセットがこんなとこで出てきても困るから、これはこれでいいのだ。

小池さんは食欲が出ないといって、行動食として持っていたアルファ米の”梅ごはん”を食ってた。
問題は、、、というかグダグダ計画はこっから。時間はまだ午前中だし、天候の崩れ予報も無い。ただ、パラダイス(涸沢テント場)はすぐ眼下に広がり、おでんと生ビイルセットが必ず待ってる。しかも道は比較的安全。ただし一度その甘い世界に慣れてしまったらもう再び登り返すことないだろう。
このまま奥穂高目指して縦走続けるにも、実は足が何度か攣りそうになったし、同じような怖いシーンに気持ちが切れないか心配。

おそらく自分ひとりなら確実に涸沢行って飲み倒すなとぼんやりしてたら小池さんが奥穂行って飲み倒すその意思は固く、、、。

北穂高小屋11:20発

132
このコースも大キレット同様、あんま余裕なく。

135
それどころか、大キレットよりこっちのほうが人口的な確保点や鎖が圧倒的に少な目。切れ落ちたトラバースの量も絶対こっちの方が多い。ザレ場も同様。ネットや雑誌では奥穂->槍 槍->奥穂 のどっちルートが楽(?)かという議論をちょいちょい見るが、自分は奥穂->槍は絶対ごめんだ。後続のヒトを巻き込んで落石起こすという変な自信あり。

奥穂高山荘着14:50
もう最後の涸沢岳を通過するころにはまともに足が踏ん張れず、なんどもころんだり。当然涸沢岳など寄ってる余裕はなく、ひたすら腹へった、喉かわいた、腹へった、喉かわいたとそればかり。おまけに小雨降ってきてああこんな終わり方もあるんだな、テント辛いのぉと思った瞬間。

136
小屋で雨水をもらう。そのままフラフラと中に入ると小屋泊まりの人たちが楽しそうに談笑してた。テントからアテを持ってきてたのでそれを食べながら一番搾り(北アルプスは一番搾りが多い)と缶酎ハイを連発でしばきつつ、隣合わせたおっちゃんといろいろ談笑。小池さんは一番搾り数本と白ワインで。この日の小屋は布団一枚に一人確保できた模様。

141
自宅に帰ってさらにガソリン補給。晩飯はあんかけフライ麺。三日間ザックの底で押しつぶされたフライ麺は原型をとどめることなく、粉砕麺に。
なかなか寝ずに夜更かしして野太い声で話す韓国の若者二人組に、回りのテントがイライラしてるのが伝わる。
いろいろあったけど、長い一日だったな。

夜中に沢山星が流れていたようだが、流星の行方が気になりながらも両足が攣って動けず。

177

|

« 穂高うろうろ | トップページ | まだ穂高 »

コメント

ついに最難関ルート走破しましたね!集大成って感じですね。おつかれさんでした。自分にはもうちょっとストレスフリーなとこでないと無理っぽいですわw。

投稿: わがお | 2016/08/13 11:33

●わがお兄弟子、疲れましたw。うまく書けませんが、難関コースだから景色が凄いとかではなく、むしろノンビリ歩ける景色の良い稜線とかのほうが魂が休まることがわかりましたわ。

投稿: ロラおとこ | 2016/08/15 09:52

この記事へのコメントは終了しました。

« 穂高うろうろ | トップページ | まだ穂高 »