
クリックすると背筋が凍るぜ、、、。(ザイルやハーケンを使わないで登れる国内最高難度(らしい)の岩山。前穂高頂上から写真とりました。のぼりに行くなら遺書書くかな。)

”吊尾根”というトコロの足元。小銭落としても拾いにいけないぜ、、、。
・・・・
自分で撮っておきながら、一日たった今でもこの写真を見ると、手のひらが汗でしゃびしゃになる。
9月23日(秋分の日):
上高地バス停に11時到着。この日は岳沢(だけざわ)という場所まで二時間ちょい歩くだけでいいから、スタートも遅めで。

ひとの重みで落ちそうな河童橋

ちょうど股間のようなとこがこの日の行き先。
木やらコケやらで陰気臭い中を二時間ほど延々登ると

岳沢ヒユッテとやらについた。数年前に雪崩全開で全壊したという。再建して定員30人の規模。
しかしブーム凄い。二時半ごろついたらテント張る場所あらへん。

こんなカンジで小屋から100m以上山道登ったとこの茂みの中に点在する。そこも無ければ小屋の前に張らしてくれるといわれたが、そーなると未明には撤収するという条件がつくので。しかし、しっこ行くにもうんこするにも水をもらいにいくにも、登山靴に履き替えてがれがれの道を100mも降りていかねばならんとなると、うっかり下痢にもなれんので注意がいる。

せまくるしいキッチンで
山一発目の食事は、けーきづけにカレーなど。

しかも、米から炊いた。計画段階では、アルファ米という登山にうってつけの科学的な米を用いる予定だったが、震災支援やらで大量に流れていってるとかで、大阪中をしらみつぶしに探したが見つからず。
カレー食ったら立ち飲み屋も見当たらんしビイル飲みたい気温でもないしで、わざわざに家から背負っていった角瓶(の中味)を湯で割ってごきゅごきゅやりつつ試しに6時就寝。エアマットから地面のでこぼこが伝わってなかなか寝る体制に入れんやら、隣のテントで夫婦喧嘩始まるやらこんなとこまで家のごたごた持ち込むなやワ~レ~と小声で毒づきつつ知らんまにウトウトしてたら
寒い。
おい、だれや、エアコンのスイッチ切り忘れてるアホはとか思いながら時計をたぐりよせると

この温度は一瞬冗談かと思った。
9月24日(運命の土曜日だったと言ってミル):
寝たような寝てないような。結局一晩中寒かった。シュラフの中であれこれ考える。このまますごすご上高地までおりておでん食いもって熱燗をキュ~っとひねってとか、いや一応いけるとこまで行って自慢できる程度の景色だけでも写真に撮ってとか考えてたら、夫婦喧嘩のテントから片付ける音が。
上高地が雲海に沈んで、一番向こうに乗鞍が見えた。

誰一人おりる雰囲気おらん。自分で決めた計画に腹をたてつつぺしゃんこになったバターロールとレトルトのシチューをしょぼく食べ、夜露が凍りついて溶けてないテントをバリバリいわしながら強引に畳んで、出る。前日野菜を食ってないからとーぜん快便ならず。
”重太郎新道”というむかしのおっさんの名前のような登山道を地味に。そーいえば大阪にも梅田新道という派手な登山道があって近くには北新地という避難小屋もあるのに、ここはなーんもない。
家出るときに計った背中のザックは20キログラムあったが、ものの30分も歩かんうちに2,3回は捨てて行ったろかなと思ったことか。
ときどき自分撮りして激しさを醸し出す。後ろは「焼岳」。

醸し出すというよりあまりにしんんどいから自然に苦しい顔になる。
岳沢からちょうど2時間でついた。

ここまで写真になるような荒っぽい場所はいくつもあったが。長くて不安定な梯子だの鎖だの落ちたらものの4,5分で上高地までイケそうなほっそいガケだの、カメラを出す余裕をかます暇もなかった。
この分岐の看板から殆どのひとは”前穂高”に登るが、パスした。この時点で自分に往復60分の岩登りをする余裕は無い。体力的な面やら集中力やら。”ソロ”いうのは自由であると同時に、全部自分ひとりでまかないきる必要がある。普段から一人で立ち飲みに行ってこれ以上飲んだらあかんとかまだ飲めるとかの判断力が、ここで役に立つ。
今から行く道(吊尾根)を見る。

クリックしたら赤丸のとこに人間が見える。
背中重たいから足へにゃへにゃなる。やっと渡りきったら
次、これ。

しかも一方通行ではないので前からも来る。岩にへばりついてやり過ごしたり。
来た道を振り返ると

三角定規なみの斜度だったり。
それにしてもさっきから長野県警のヘリコプターが自分の周りを上がったり下がったりしながらしきりになんか探してる。手を振りたい気持ちをぐっとこらえてパンをかじりつつ先へ。

(あとで判ったけど、同時刻にスグ近くでロッククライミングしていた女性が200メートル滑落して亡くなったらしい。どうか安らかに。)
段々集中力切れてきた。足もうまく上がらんのが判る。怖いので岩を強く握りすぎて握力も残り少ない。

背中の荷物が重くてバランスとりづらい上にこの登りはないやろが!と文句言う相手もいないので黙っておいたが、こころの中は自分の無謀さに叫びまくった。
※実は、落石を起こしてしまった。自分と入れ違いでカップルが上からおりてきた。安全な場所で退避して登り始めてすぐにだれかが「ラク!ラク!ラーーーーーク!!!!」と叫ぶと間髪要れずに女子の声で「痛っ~~~~!」と。血の気が引いた。しでかしたことの恐ろしさがスグに理解できて全身から力が抜けていくのがわかった。
謝ってスム話ではないが必死で謝った。幸い怪我は無かったそうだが、そのあとこっちのメンタルのヘリ具体というたらもー今すぐ家に帰って布団に潜りたい気分。
けど、登るしかないわけで、、、
奥穂高の頂上が見えても、さっきの事件で嬉しさ帳消しなど。

悲しい思いをしに山に来たわけではないが、自分を責める必要を感じる。
そんな悪人なのに、山は容赦なく美しさをひけらかすのでタマラン。

クリックするとしびれます。

うだうだ言いながら岳沢出てから5時間で。嬉しいより死なんですんだとかそればかり思う登頂であった。
つづく
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