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2010/04/22

水了軒、長い日記

帝国データバンクに水了軒破産の文字見てちょっとシミジミ。

運動:通勤往復+舞洲大周回+体操いろいろ
飲酒:角瓶×水割りたくさん

思い出:
”毎日新幹線乗れるし休憩時間は東京で遊べるし芸能人にもウジャウジャ会えるやろし”と甘い言葉に誘われて水了軒の車内販売のバイトをやったぜ19の夏だぜ。
確かに”毎日朝から晩まで”新幹線には乗れた、、、職場だから。ゆれる車内を1号車から16号車まであるときは忙しいワゴンを押して、あるときは売れるアテのない重たい重たい「ういろう」を抱えて何百往復もしたし。

会えた芸能人は関根恵子、笑福亭鶴光、ミヤ蝶美・蝶子、ほんで一番びっくりこいたのはリリースしたばっかしの「アイ・サレンダー」の来日公演でたまたま乗ってたレイボーのリッチー・ブラック・モアにサンドウイッチ売ったこと。
”外人は引き算苦手”説をリッチーに見たのでツレに「リッチーあほかも」と言いふらした。

朝起きてまず新大阪に行く。通用口から駅に入って入線してる新幹線に乗る。列車はいったん車庫に入って点検と洗車。その時間に食堂車で車内販売用の弁当を作る(当時は)。最初に配属されたとこは食堂車の厨房。水が豊富に無い場所やから洗い場が超音波洗浄機になってて、手をつけるなり爪の垢とか腕時計がぴかぴかになって驚いた。正社員のひとらは8割がたパンチパーマで、会社の命令ですかと聞いたら「楽やしかっこええし」といわれた。かっこええかどうか判断できない19の夏だぜ。その中でもチーフを「大パンチ」、班長を「中パンチ」、先輩を「小パンチ」とバイト仲間で呼んだ。大きさてきには小パンチが手入れをしないので一番でかい。アフロ寄り。
そんで大パンチは至近距離で見ないと角刈りに見えるぐらいキンキンに手入れしてあった。

バーワゴンといって、お酒メインの手押し車で車内販売する中パンチ(売れ行きがよいので楽チン)が、とつぜん「この列車だけ変わったるわ。なにごとも経験や」というのでハリキッテ客車にとつにゅうしたら一両まるまる”ソノ筋の方々”で盛り上がっておられたのでハメられたと判ったけどそこでバーワゴンをバックさせたら今度は違う方面にハメられるというか痛みつけられるというか沈められるような感じがしたので死を覚悟して「ウィスキーの水割りにビイルはいかがですか~」と力なく声だして一刻も早く次の車両に行きたいとおもたら「そんな小さい声やと何売りに来たかわからんやろが」と怖い顔したヒトに叱られた。
すんませんと謝って次はハキハキと「ウィスキーの水割りにビイルはいかがですか!」といったら「客が寝とるんやうるさい!」ともっと怖い顔したヒト叱られた。
100人の怖い顔したヒトの中にたった一人で突っ込んだ19の夏なのだ。

怖い顔のひとたちへの接客に慣れたころに新人バイトが入ってきた。どっかの女子大生でちょっとぽっちゃり系で好みのタイプ(今は趣向がらっと変わった)。よく笑う子でつらい仕事にハリが出た。あるとき連結のとこでお土産の草加せんべい大量にかかえて悲しそうに立ってるんでどないしたん?と聞いたらおなか減ったというので、ワゴンから幕の内を出してプレゼントした。盗ったらあかんやんと言うので僕があとで払ろとくからなと男気出してみたら、次の日も、その次の日も連結のとこで悲しそうに立つので日給五千五百円から彼女の弁当代五百円はモーレツに痛かったけどあとあと絶対ええことあるからという妄想だけを励みに五百円ぐらいでうじうじせんでがんばろなと自分と財布を励ましたら一週間もたずに彼女はケツを割って辞めてしまった。19の夏の妄想料金は三千円相当なのだ。

東京駅につくとすぐに折り返しの便の用意。あのー僕らいつ原宿遊びに行けるんですかと小パンチに聞いたら「バイト辞めたらいつでも行けるやん」とこいつ当たり前のこと言わすなやという顔された。もうショックで寝込みたくなったとこへ折り返しの便は岡山行きやからと言っておみやげ品の中でも特別重たい桃の詰め合わせを持たされた。
自分が行きたいのは岡山でなくて原宿でちゃらちゃらした服を買いたいのに桃を売る19の夏なのだ。

売れんで時間が過ぎるものもつらいが売れすぎても疲れる。東京からの販売は熾烈をきわめた。新幹線に乗ってわざわざ桃の詰め合わせを買う客なんか絶対おらんわと思ったら結構おって驚いた。この桃甘いの?と聞かれてむっちゃ甘くて美味しいですよと言ったら、わし甘い桃苦手やねんと言われた。「ほなハナから聞くなや!」と突っ込みたくなるのをぐっとこらえて桃の詰め合わせを運ぶのだ。

車内販売は客の退屈しのぎにもご利用される。


岡山ついたら足が棒というか全身が棒。そのまま社員寮という名の小屋に”収監”されて二段ベットで寝る。上段に大パンチがおって「なぁ君ぃ、バイト終わったらそのままうちけーへんか~別にパンチにせんでもええからなー」と就職を斡旋しようとしてくれた。就職もパンチパーマも嫌だったので毎回適当にごまかしておいた。

結局バイト中に一度も水了軒の弁当を食べずに終わった。
そんな思い出いっぱいパンチパーマでいっぱいの水了軒が破産した。

さよなら。

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コメント

昨晩は「スレイドのライブ見たことある」というおっさんにひれ伏しましたが、本日は番長を称えるですよ

投稿: qma | 2010/04/22 10:55

生リッチーにも会ってみたいけど、
やっぱり関根恵子がうらやまし〜なぁ〜
写真集、今でも事務所に置いてるし(笑)

投稿: uechicchi | 2010/04/22 11:07

ちょうど時を同じくして、当時溜まり場やった芝田町にある楽器屋さんの隣筋が、
水了軒の本社工場でした。破産の文字に当時を思い出し、同じくシミジミしてしまいました。

投稿: kiyo_g | 2010/04/22 12:45

甘くほろ苦い青春の思い出ですやん。
これを書いてるアニキの、どこを見てるか分からんけど遠くを見てる風な姿が目に浮かびますわ(笑)

投稿: さかじい | 2010/04/22 14:07

社長、今は亡き、らもさんよりおもろい文章ですよ!

投稿: dorogawa | 2010/04/22 16:34

リッチーに生で食べ物売るなんてすっげーっスよー!
当時の日本ならマイケルジャクソンよりリッチーですよ。

投稿: DANGER | 2010/04/23 09:08

●qma士、グリーン車で芸能人の格付けを知りました。
●uechicchiあにき、写真より美人でしたよ。今もですけどね。
●kiyo_gあにき、楽器屋さんの客層もずいぶん変貌しましたよね。髪の毛もじゃもじゃのややこしそうな兄ちゃん減りましたな笑。
●さかじいアニキ、リゾート地でのバイト体験もありますが、またそのうち。いつも遠くばかり見ていて、よく叱られます。
●dorogawaあにき、若いときは苦痛で仕方無かったけど、なんであんなにガッツあふれた日々だったんでしょうなぁ、、、。
●DANGERさん、ギター持ってないときは髪の毛もじゃもじゃの色白のフツーの外人さんでした。当時はデジカメもブログも無かったので、その興奮を伝えられませんでしたねぇ。

投稿: ローラーおとこ | 2010/04/23 09:50

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