2019/07/15

短冊

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全てを忘れて三連休、山に登ろうと思ったのに梅雨だ。行き当たりばったりで立山の麓の滝を見に行ったり。完全踏破と行って、この滝すれすれの崖を上まで登るクライミングがあるけど、その踏破記事を思い出して、凄い人がいるもんだなぁとぼんやり見て、そういえば、映画「点の記」(剱岳登頂の映画)のロケ地になった「雄山神社」があったなと思い出し、せっかくなんで今年の山行の無事でも祈ってみるかと。

信仰心の薄い自分でも、「山岳信仰」って聞くとなんだか闇雲に山に登ったら、なんか願いが叶うんじゃないか?って思ってしまうんだが。

ふと、絵馬が目に入った。

スケベ心というか、絵馬って結構厚かましい願いがフエルトペンで書いてあって、それを「こいつアホちゃうか」と思いながら読む悪趣味がある。

家内安全、商売繁盛、恋愛成就、ま、フツー。大学、高校合格。誰かの健康を願うもの、目につくのが「幸せになれますように」だ。

幸せなんかそこらの小石のようにバラバラ落ちてへんわ、勝手なこと言うなや、そんなこと思いながら、一枚の絵馬に釘付けになった。

「幸せに気づきますように」

10回くらい、それを読んだ。

どんなひどい1日になるんだろと思って出勤したけど、何も起こらなかった。

昼飯も食う時間ないほど仕事に黙殺されて夕方食ったコンビニの残りご飯が妙に美味かった。

残業で終電逃したと思ってトボトボ駅に向かうと、遅れていた終電に乗れた。

ズボンのチャックが開いていたけど、誰も気が付かずに帰宅できた。

幸せになりたい気持ちは大事だけど、しんどい、つらい、悲しい、眠っている夢の中まで残酷な未来が待ってる

そんな時でも「あ、これ、もしかしたら幸せかも、1グラムやけど」って気がつけたらどうなるんだろう。

絵馬を書いた人はどんな気持ちでこれを書いたのかわからんけど、

気が付かなんだら、幸せも幸せでなくなってしまうから、

ちゃんと気がついてあげないと、

幸せに申し訳ないかな。

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幸せに気づきますように。

 

 

 

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甲府

明日、宇宙から巨大な惑星が地球めがけてものすごい速さで飛んできてくれないかなと一晩中考えて眠れなかった。

結局、願った惑星は全く観測されないまま、自分は水曜の始発の新幹線に乗り名古屋へ。そこから特急電車で塩尻駅へ。

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日本一狭いという駅蕎麦屋で、ねぎ蕎麦を乗り換えまでの時間に食べた。

味はよく覚えていない。ただこの先降りかかる不幸が最小限だったらいいなと思いながら、箸を持ち上げたのは確か。

「要望通りに動かない」と言われ続けて三ヶ月がたった。もう現地に行くしかない状況。死刑執行にも近い状況で客先に行くのは何度目かな、、、幸い今でも生きてるけど

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初日は再現試験だけで全く進まない。ビジホに帰る道すがら、甲府の商店街の寂しさが余計に心にのしかかる。

写メを撮るスマホを持つ手さえ、重く感じる。

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水、木で終わる予定が結局金曜までかかった。終わるまで帰れない、、、がサラリーマンあるあるとはいえ、心臓の動悸が止まらないまま脂汗を流すのはもうそろそろやめたいな。

帰りのホームで黒い富士山が不気味だ。このあと自宅まで6時間あまり。達成感より脱力感、もう何もしたくない、何も考えたくない。

けど、車内を周りを見回しても、みんな同じような表情、

そっとエールをつぶやいた。

 

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六甲山

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以前は暮らしの1ピースだったのに、なんやかんやで足が遠のいていたけど、ようやく小池さんと有馬まで歩けた。

でも、自転車のように継続的にやらないとうまくいかない趣味じゃないので、息が切れても足がガクガクしても、一歩を出せばまた次の一歩が出て、汗を拭きながら森の隙間から神戸の港が見下ろせて、

石ころ一つにつまずくのもなんだか久しぶりで

楽しかったな。

 

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銭湯レビュー

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先週末、ローラー娘の育児アシストに行ってきた。自由奔放に生きてきた人がある日を境にお母さんという役割になると、色々大変らしく、ま、そのあたりを助けに。時間があったので自転車借りて近所の風呂屋へ行ってみた。

まず、値段の違いにびっくり。大阪市内440円、尼崎市内420円。

ものすごい背の高い番台、凄い水圧のシャワー、どれもが素晴らしいが唯一ダメ出しするとすれば、スチームサウナに時計がない。

自分の勘を頼りにサウナにこもるのはかなり危険。けどまぁ、風呂屋ごとに個性があって、これはこれで楽しいかな。

 

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2019/07/04

AI

今、午後11時前です。昼飯食ってます。

昼休み中もネット会議が終わらずそのまま午後の仕事になだれ込んでしまったので、せっかく作った弁当も手付かずで鞄から出ることなく、残業中も出番なく、今。

TVを見ていると「AIでほにゃらら」と言うCMやニュースを見ますけど、ほっといてもAI(薄い言い方で人工知能)が自分で成長するわけではなく、つまるところ人間が一億万通り(例えばですが)の事例を学習させて精度をあげる作業をしています。ものすごく地味で緻密で時間のかかる作業なのに、CMやニュースは「AIで」とたった1センテンスで伝えています。

 

そんなわけで、毎日16時間職場にいて残りの時間で最低限の家事、育児(孫の)、介護、睡眠。かろうじて燃えかすのようなプライドで、三度の飯だけは自作(外食まずいもん)してますけど崖っぷちです。洗濯モンは干してる間に雨に打たれ、風に吹かれて、よくわからんままに「乾いてるもんから着る」を実践してます。以前は毎晩、自転車の練習や立ち飲みしてたのが信じられません。あの当時は定時退社して自分の好きなことしてたくせに、職場体制や同僚の悪口言ってたのが恥ずかしいです。

明日の朝飯にボンカレー買ってきました。この時間のAEONは、おかず売り切れてるから自分で作るしかないですよね。米だけは研ぎますけども、正直面倒くさいです。

日記にコメントくださったアニキアネキ、返信できやんでごめんなさい。夜中に何度も目が覚めて仕事のやり方考えてしまうんで、余裕がないです。こんなんじゃあかんのですけど、おそらくメーカーのサラリーマンの殆どががこんな毎日だと思います。

洗濯機がピーピーゆうてるので、今から干しますど、時々洗濯バサミがパキッって折れるのが脱力しますけど。

がんばろ、ともかくがんばろ。

みんな頑張ってるし、がんばろ。

 

 

 

 

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2019/06/25

アラカルト

日記を書く余裕がまったく無い。昨日、何食ったっけ?そんな速度で毎日過ぎてます。

・映画を見た

 正確には見ている最中。時間が無いのでとぎれとぎれに。小池さんが「万引き家族」のDVDを借りてきてくれたので、それを。

 出演している役者全員が物凄くリアル。自分が小学生の頃、こんな家族(物理的に)ごろごろおったなぁと画面見ながらうなずいた。

 六畳一間の1Kとかザラで、そんな友達の家に遊びにいくと、おっちゃんがタバコ吸いながら新聞見てて、おばちゃんが台所でなんか内職っぽいことやってて、おばーちゃんが金魚に餌やってて、畳の僅かに空いてる部分で友達と野球盤で遊ぶというカオス。

(※友達のお父さんはおっちゃん、お母さんはおばちゃんと呼ぶのはたぶん関西弁?XX君のお父さんとは決して言わない。XX君とこのおっちゃん、あしたいてるん?こんなカンジ)

・35年の永年勤続とかで商品券もらった。

 もうそんなになるのか。いろいろあったな。今もいろいろあるけど。エアコンでも買い替えよう。

・賞与もらった

 勤続年数×夏・冬=70回目のボーナスか。面談時に評価が上がったことを言われた。けど、苦しみ抜いて出張先のホテルで何度も仕事の嫌な夢を見たことや、真夜中に自分の動悸で目が覚めたり、思い出したくもない記憶の積み重ねだと思うと、たまらない気持ちになる。

人間の幸せは、お金じゃない。悲しいことはしないほうがよい。

・送別会

 部署の先輩の退職パーティーに行ってきた。定年+嘱託で勤続45。人生の半分以上を会社に捧げたその勇気の泉はどうやって湧き出たんだろうか。

・高知へ行ってきた

 かつおの藁焼きを岩塩でいただく、ただそれだけのために。ついでに市内近郊の低山ハイクも。頂上広場から土佐湾を見下ろしながら、脱藩浪士はどうやって京都へ行ったか考えてみた。脱藩なのだから、指名手配と同じでそうそう自由に往来できたとは思えない。道中、ローソンやセブンも無かっただろうし食事は?

・高知の帰りに香川でうどん食った

 学生時代を過ごした香川に、今のようなうどんは無かった記憶が。ある日を境にうどんが偉くなってしまったのか。店のはしごなどとんでもない。かけうどん(小)を食べて帰路につく。

・銭湯

 あいかわらず通ってます。風呂代毎月5,000円あまり。

・介護パトロール

 異常無し。会話の中で ん? となる瞬間は何度も訪れるけど、否定してはいけない。同調が大事。

・育児パトロール

 異常無し。ミルクだけで飽きもせず育つもんだ。生き物の不思議。

・父の日

 ハイキング用のレインハットをくれた。気持ちはありがたく頂戴しておく。けど、雨が降ったらカッパのフード被るから、ハットはどうしたらええの?

 

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2019/06/12

クライミング、環状線、奥飛騨

メンタルはまだ大丈夫。けど、ネット環境のおかげで仕事の割り込み方が酷過ぎる。

ネットで会議している最中に、別のネット打ち合わせに強引に引きづり込もうとするヤツがいるかと思えば、それを無視していたら機関銃を乱射するかのごとく、画面上にショートメッセージで質問やら仕事の催促やらが。それを無視していたら今度は違う人からスマホに着信。左耳で会議して、右耳でスマホに応答して、左目はショートメセージに奪われ、右目はそんなことお構いなしに舞い込むメールを追う、、、、。

連絡手段は黒電話一本という時代の環境は、少なくともその人の状況おかまいなしに割り込んでくるなんてことなかったのに。この何か月か、弁当食いながらもずーっと会議してるかキーボード叩いているかなので、何を食ったかあんまり覚えてない。

アクセルとブレーキを踏み間違えるどころか、自分の足元には今、アクセルペダルしかぶら下がってない感じ。

えっと、遥か昔のような記憶になってしまったけど、6月最初の休日に登りに行ってきた。 

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姫路の山奥で「雪彦山」ってとこ。

以前から登ってみたいなと思っていたけど、「山蛭の巣窟」のように言われてる場所だし、ストックしてある岩の概念図見ても全然わからない。

たまたま以前お世話になったクライミングマイスターが登りに行くと知り、勢いで行ってきた。通販で山蛭の退避薬(めちゃめちゃ濃度の濃い食塩水)を買って足元がビショビショになるほど塗ってみた。

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幸い彼らの姿を見ることもなく、吸血されることもなく戻ってこれたけど、足元が気になって全然集中できなかったのが残念。それと、クライミングそのものよりも、一般の下山路が怖すぎ。クライミング イコール 「堕ちたら死ぬ」というイメージあるけど、少なくともロープ付けてる間は死ぬ確率低い。丸腰で一般登山道をテクテク歩いているほうがよほど確率高い気がする。

楽しかったような、中途半端だったような、そんな山になってしまった。

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 つづいて、金曜の出来事。

たった二時間の打ち合わせのために、東京を目指すかと最寄駅に立ってみれば

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凄いひとだかり(正しくは、撮影機材を持った人だかり)。

さぞやすごい臨時列車でもくるのか?と思ったら

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ふつーの大阪環状線が来た。

あとで知ったが自分にとってふつーの環状線だったわけで、彼らには「最後の大阪環状線車両」だったわけだ。

特に思い出ないけど、夏のくっそ暑いときにこれの「扇風機車両」に乗ったときのゼツボー感はすごかった。途中の駅でいったんおりて、クーラー車両に移動したりしたり。社内アナウンスでも「混雑で暑いとおもたら、窓開けてもええよ」みたいなのがあったし。

そーゆー電車、ちょっとくらい残しておいてもええと思うんだけどな。

それから、週末のこと。

3月初旬から始まった毎年恒例の小池さんの業爆終了を祝って(?)、いつもの奥飛騨でだらけてきた。

毎朝5時に起きてアジャイルだの組込みだの講義して日付が変わるころに帰宅して淡麗350mlをかかさず4本飲んで寝る生活も、歳とともにしんどくなってきた様子。いつもの宿ではお互い死んだように寝てばかりいた。

もうちょっとどうにかしないとな。

自分たちの働き方改革の道はけわしいけど、元気だしていこう。

 

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2019/06/04

カメラ

先日のグループホームの遠足の日の追記。

午前中、お袋の家の掃除をしたときに、引出の奥から小さな巾着袋を見つけた。手にもったらちょっと重くて固い。なんだろう?と思って紐をほどくと、中から小さなデジカメが出てきた。

大阪から突如”鬼太郎の街”にほど近い海辺に、おかん一人で移住して数年たったころの事。半分冗談で「ぼけ防止にパソコンでも始めたら」と勧めてみたら、さっそくXXの手習いでHPを見たり、簡単なメールを書いたり。そのうちどっから情報仕入れたのか「ブログ書きたい」と。教える側としては「ちぇ、、、面倒なことになったなぁ」という感じ。以来、帰省するたびに(移住先なので帰省って言葉はずっと違和感あった)、あーやこーや半分喧嘩腰でブログの投稿方法を教えたが。

そのときに、文字だけじゃつまらんだろうと安モンのデジカメをあげたら、これがハマッタ。どこへ行くにもデジカメをぶら下げて、海だの空だの花だの、しまいには鳥の死骸だの、自身が猛毒に刺されながら大スズメバチの写真を撮ってブログにアップしてきた。

嬉々としながらキーボードをコツコツ打つ姿を想うと、おかしくもあり、日記がアップされていると安否確認にもなるしと思ったり。

大阪に戻ったとき、ちょうど壊れたというので何台目かのデジカメを買ってやったのが、今回の掃除で出てきた。

最初の1,2年はいろいろぶら下げ歩いていたけど、いつのまにかおかんの鞄からカメラを取り出す姿を見なくなった。そうして、ブログの更新頻度も週に一度から月に一度。「最近写真撮ってないんか?」と聞けば、いろいろ忙しいからと言うし、「ブログ書かんの?」と聞けば、パソコンの画面が以前と変わってしまって、操作が面倒になったからと言う。

本当は、この時に気がついてあげるべきだったな。

巾着から取り出して少しだけ充電してみた。スイッチを入れて、再生ボタン押す。なんでやろ?なんでドキドキすんのやろ?何も映ってなかったらどうしよう。

そんなことは杞憂だった。

美しい海や空は無かったけれど、大阪にあるそれなりに綺麗な桜や紅葉の写真が沢山出来てほっとした。けど、いつごろなのか、それも無くなった。

こんなカタチでも老いるってことを教えられた気がした。自然なことだし、悲しくはないけど。

やっぱり悲しいかな。

しょうがないけどな。

Sony 

おかんが覗いたレンズはどんな景色だったんだろうか。自分も同じ景色が見れるんだろうか。

大事にしようか。

 

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2019/05/31

遠足

使わない分を繰り越して、年間40日の有給休暇。プラス自分の入院とか傷病とか「家族介護」を理由にした別枠の有給が20日。これだけ聞いた異業種の知り合いなどは絶句していたけど、実情はせいぜい7日も使うかどうか。上司や同僚の目を気にして使えないんじゃなくて、休んでる間に押し寄せる「至急」とか「重要」とか「なる早」と言うタイトルのメールが怖くて。そんな状況の中、グループホームから春の遠足に行くので都合のつく家族は同行してほしいと言う手紙がきた。まさに、有給の使いどころか。

自転車の練習がしたくて自分勝手に休んでいた頃の俺、さぞかし楽しかったんだろうなぁ。

まず、お袋の住んでいたアパートに行って溜まっているだろう郵便ポストのパトロール。部屋に入っていつも感じるのは、住んでる人のいない住居の、「空気の動いてなさ」。衣類やタオル、コタツ布団のめくれ具合は一年前のままなのに、全ての家具とか食器とか家電は、もう帰ってこないあるじをずっと待ってる。そんな空気感。

徐々にではあるけど、行くたびにゴミ袋二つくらい色々捨てることにしている。この日は、郵便はがきの廃棄。かつてお袋が仲良くしていた人たちの古い年賀状とか暑中見舞いとかのハガキが大切に乱暴に保管してあった。

ばっさり捨てる。

 

なんだか、遺品整理してる気分になってきて、ぼんやり考え込んだりして、手が止まる。

その中に、ローラー娘が書いた、おかんの誕生日とか敬老の日の手紙が、当時の年齢の字のままのがあった。君の大好きだったばーちゃんは、今記憶の喪失に怯えながら一生懸命生きてる。けど、君も育児で懸命。人間みんないつでも一生懸命、何か悲しい事に覆い尽くされないように

頑張るしかないのかな。

10時半にグループホームへ行くと、数台のワンボックスに車椅子やらを積み込むスタッフがいて、自分たちなんかが気楽に出かける雰囲気とは違う感じがひしひし。

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大阪・中之島にあるテラスを予約してくださってたので、そこでランチ。

自分に、手伝えることあるんだろうか?と思っていたけど、スタッフの皆さんは手慣れた感じで「動じず」。教科書通りの認知症の人は、目の前にあるパスタに手を突っ込もうとしていたり、天井で回る扇風機の羽をずっと目で追っていたり、だただハラハラ見ているしかない。

すると、こんな時にも職場からスマホに電話が入る。メンバーが有給で休んでるのも気がつかないほどみんな仕事に追われてる。

色々悲しい。

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お袋の恩人とも言うべき「ちずるさん」とバラ園のバラたちに囲まれる。記憶がすり減っていこうとも、綺麗な花は綺麗と言うし、天気が良いと天気が良いと嬉しそうだし。

自分が嬉しいより、家族が嬉しそうにしている方が、

実は嬉しいかな。

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自分が見るバラと、ホームの人たちが見るバラは、違った風景なんだろうか?その人たちにも赤くて綺麗で揺れていることが伝わればいいな。

すぐに忘れてしまうかもしれないけど、この一瞬だけでも、赤い色が心に染み込んでたらええのにな。

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ホームの皆さんどうもありがとう。

バラたちもありがとう。

お天気、ありがとう。

 

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2019/05/27

ココロに残ること、のこらないこと

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土日で、淡路島へ行ってきた。目的は野菜購入。あらかじめ目星をつけた産直市場を四軒はしご。早生の玉ねぎ、巨大なレタス、葉物を沢山。

近所のAEONに淡路島産の野菜を沢山見かけるので気になっていたけど、そうとうレベル高い。ズッキーニが安かったけど、料理の仕方を知らないので買えなかった。

折角なんで四国に渡り、「讃岐富士」登ってみた。登り1時間、下り40分のお手軽なおやま。けど、けっこう沢山の人が来てた。下山後、うどんを食べる。

40年前、この地で学生だったころのうどんと全然違う。大阪に帰省するとき、宇野~高松間・連絡船に乗ると、デッキにあるうどん屋に走っていった。

コシのないやわらかいふつうのうどんだったのに、なんで今はこんなに固いのか?

それにしても食が細くなった。うどんなら絶対「小」。サービスエリアに寄ってもセットメニューなどもはや過去の胃袋でしか太刀打ちできない。

しっかり食って元気ださなきゃな。

おしまい

 

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